当研究所は、「より多くの方の人生の充実と、企業の業績向上に貢献すること」を目的として活動しています。これは、エン・ジャパンが大切にしている考え方です。
今回は、「人生の充実」にスポットライトを当て、 慶應義塾大学の花田名誉教授に「どのようにしたら、ビジネスパーソンが仕事を通じた人生の充実を手にすることができるのか」を伺いました。
仕事もプライベートも人生の一部。どちらも大切です。しかし、近年は仕事が軽視され始めていると感じます。今回の特集が、改めて、仕事人生の充実について考えるきっかけになれば幸いです。
花田氏『スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが提唱 している「計画的偶発性理論」は注目を集めていますし、参考になるでしょう。 自分のキャリアを良い方向に導いていくために、未来の目的や過去の価値観に固執せず、偶然の出会いを計画的に増やし、出会った偶然を前向きに受け止める
ことが重要だとしています。
この理論は、クランボルツ氏が実施した調査で明らかになった「キャリアの8割は偶然で決まる
」という事実に基づいています。従来のキャリア論に疑問を感じ始めていたビジネスパーソン達からの支持もあり、キャリア論の世界に大きな衝撃を与えました。』
花田氏『2つありました。
1つ目は、計画にこだわること
が良しとされていたことです。最終的な目標とそこに至るまでの道のりを考え、実践していくことが重要だと。以前は、ビジネスモデルが長持ちしたため、知識やスキルの獲得に時間を費やしても、十分な投資対効果が期待できたのです。
しかし、現代は、社会環境やテクノロジーの変化が起こり続けています。ビジネスモデルが成り立つ時間はどんどん短くなっています。キャリアプランに沿って知識やスキルを身に付けても、突然、仕事そのものがなくなってしまうこともあるのです。
2つ目は、自分の価値観に合った仕事につくこと
が、自己実現や仕事の満足に繋がるとされていたことです。従来のキャリア論は「人間は様々なものと触れ合うことで、価値観を変化・成長させていく」という現実を無視しています。 今まで読む機会がなかったジャンルの本や今まで関わることのなかったタイプの人と出会い、新たな生き方を学んだ、世の中の見方が変わった、という経験は、大なり小なり誰でも持っているはずです。過去の自分の価値観をもとにしたキャリアプランに固執すれば、現在の自分の価値観とミスマッチが生まれます。
計画や過去の価値観に固執していては、仕事を通じた満足感を継続的に得ることは出来ないのです。』
花田氏『計画的偶発性理論を実施するために、5つの行動指針があります。好奇心(自分の心をオープンにする)
、楽観性とチャレンジ
、リスクテイク
、持続性(コミットメント、逃げない、やり抜く、責任をとる)
、柔軟性(多様な可能性の追求)
です。これらの行動指針をプロセスとしてまとめたものが以下の図です。
5つの行動を継続して実施することで、自分の思いこみやこだわり、自己実現の囚われから自分を解放し、新しい視点で自分の現実を捉え、今を大切に生きることが出来ます。この繰り返しが、自分のキャリアを良い方向に導いていくことに繋がっていくのです。』
花田氏『「キャリアコンピテンシーを身に付けること」です。困難な境遇に置かれても、その現実と向き合い、最大限の成果を出せるように自分を鼓舞して力を発揮し、事態を打開できる力のことです。キャリアを自己責任で構築できる力ともいえます。極めてマインド的な要素です。考え方とも言えます。
計画的偶発性理論の5つの行動指針を実行するための、前提となる力です。 計画的偶発性理論を実施するには、今と向き合い、今を前向きなものに変えるために努力し続けられるキャリアコンピテンシー
が重要なのです。』
花田氏『実は、 キャリアコンピテンシーは、人によって多少のレベルの差はあれど、誰でも持っています。重要なのは発揮できるかどうかです。そのために必要なのが、自分のキャリアに対する強い当事者意識です。
「当事者意識が大事なんて当たり前だ」と思われるかもしれません。ただ、その認識とは裏腹に、実際に当事者意識を持てている人は少ないのです。
実際、このような調査結果もあります。以前、昇格の選抜対象になる集団が、どのような特徴を持っているかを調査しました。彼らは、業績が優れていたわけでも、高い能力を保持しているわけでもありませんでした。入社後の3年間で、上司との非常に密接なコミュニケーションを取っていたのです。上司から「働くとはどういうことか」「不条理な現実と向き合い、仕事で成果を出していくとはどういうことか」というキャリアや仕事との向き合い方を叩き込まれていたのです。
つまり、上司から当事者意識を植え付けられた人は高いキャリアコンピテンシーを発揮し、チャンスを早期に掴めたのです。しかし、そうでない方はキャリアに対する当事者意識が低い傾向があるのです。現状では、こういった方が多くなっていると感じています。
自分のキャリアは自分の努力で切り拓く、という強い当事者意識
を持たなければ入社後の活躍は難しいのです。』
花田氏『自らプチ修羅場を作ることです。 これは、仕事を変えたり、職場を変えたりすることを意味していません。
ビジネスシーンでは、想定外の事態に愕然としたり、険悪な人間関係に苛まれたり、肉体的にも精神的にも疲労困憊な状況に置かれることがあります。いわゆる「修羅場」です。修羅場をくぐり抜ける経験は、ビジネスパーソンを大きく成長させます。
ただ、修羅場は自ら望んで作れるものでもないですし、数多く経験するには負担が大きすぎて耐えられないでしょう。だから「プチ」修羅場なのです。修羅場ほど困難な状況ではありませんが、当事者意識や自分が責任を取るしかない状況に、自分の身を移すのです。
既存のやり方や考え方が通用しないため、嫌でも当事者意識を持って「もがく」ことになります。今までと違う行動を取ることで、周囲にも変化が生まれます。その新しい変化に対応するため、さらに当事者意識を持ってもがくことになります。
自ら作ったプチ修羅場がさらなるプチ修羅場を呼び、新しい偶然のチャレンジを続けるのです。プチ修羅場では、失敗しても成功してもどちらでも構いません。繰り返しのチャレンジが大事です。このチャレンジが自分のキャリアへの当事者意識と キャリアコンピテンシーそのものレベルを高めるのです。』
花田氏『そのような方も多いです。変えられない人、何を変えればいいのかわからない人は「自己実現という言葉」や「思い込み」に囚われてしまっているケースが多いです。
例えば、「自分はマーケティングの仕事をしたい」。それが自己実現だと決めてしまっている人は、「自己実現という言葉」に囚われている典型的なパターンです。自ら限定した目標達成とプロセスを何が何でもやり抜く。このような非常に狭い発想になってしまっています。もし、マーケティングの仕事ができないことがわかれば、「ここは自分の居場所じゃない」と考えて、さらにこだわってしまうのです。
また、「部長にならなくては自分の思う通りの仕事ができない」。このように思っている人は、「自分の思い込み」に囚われてしまっている 典型的なパターンです。部長という役職にこだわり、権限がなければ好きな仕事ができないと思い込んでしまっています。これは自分が本当にしたいこと、自分にとっての仕事の意味・意義・価値が十分には理解出来ていないことから発生しています。
花田氏『その具体的な方法を一つ紹介します。
とても一般的な方法なのですが、自分の囚われから、自分を解放するのに役立つ方法です。まず、色々な価値観から自分にとって大切だと思うものを選びます。例えば、「達成」、「仲間を大切にする」、「信頼」、「ワクワク」などです。 次に、その価値観が実現できている状態や行動はどのようなものかを考えます。例えば、「達成」という価値観なら「社長になる」「ビジネスを起こす」「仕事の目標をクリアする」などです。ここから「どうして」を3回問うてください。このセッションの一例を示したものが以下です。
◆「達成」で「どうして」を3回聞く
【質問1】
「どうして」達成感が大事なのか?(どういう時、一番達成感を感じますか?どういう達成感を得られればいいのでしょうか?)
【回答1】
仕事の目標をクリアし、責任を果たすことができたら自分に満足できるからです。
【質問2】
「どうして」仕事の目標のクリアが大事なんですか?あなたにとって、どのような意味があるのですか?
【回答2】
仕事の目標をクリアすることで、自分の価値が周りに認められるからです。
【質問3】
仕事の目標のクリアということは、つまり、周りから認められることなんですね。それが大事なんですね。でも、周りに認められることが「どうして」あなたにとって、そんなに大切なのですか?そのような意味があるのですか?
【回答3】
周りに認められることが、自分の刺激になり、成長の励みになることかな?それによって自分がもっと大きくなると感じることなんだと思います。
【コメント】 そうすると、周りから認められるということを通じて自分が成長し、大きくなることが大事ということなのですね。それが自分にとって大切なことだったかもしれませんね。
いかがでしょうか。まずここでは、自己実現を直接聞いてはいません。自己実現状態の獲得や、自分の究極の目標ではなく、日常場面での価値の発揮を聞いています。その結果、「達成」が仕事の目標のクリアではなく、成長の励みを通して「自分が大きくなる」という、本人の気付きがあります。
「達成」から生み出される重要な価値がそこにあります。「自分が大きくなること」は仕事の目標のクリアという狭い、限定的な目標ではなく、実はもっと大きな拡がりをもっていて、色々な可能性が拡がり、チャンスが拡がり、そして自分が意識していなかった新たな成長実感を得る可能性も開かれてくるのです。
このようなやりとりや自問自答をすることで、新たな気付き、発見をすることができます。これが自分の囚われから、自分を解放することに繋がります。狭い視界が開けることで、目の前の仕事の中で「変えてみたいこと」が見えてくるはずです。そうすれば、あとは勇気を持って一歩踏み出せばよいのです。』
今回は、入社後活躍のために、日々どのように仕事に向き合っていけばいいのかを聞かせていただきました。
計画や過去の価値観に囚われず、 今を大切にして、自己責任でキャリア開発に取り組んでいくことが大切だと花田先生はおっしゃっていました。
「私たちは仕事を通じて成長する。素晴らしいもの、楽しいこと、自分を賭けてみたいと思えることに出会うことが出来る。新しい価値観や味方を獲得することが出来る。しかし、 計画や過去の価値観に固執していては、そういった人間の可能性を摘んでしまうのです。」
先行き不透明な現代は、むしろ人生を豊かにするチャンスなのかもしれません。
また、そういったチャンスを作る支援ができる企業、つまり入社後活躍を支援できる企業には、優秀な人材が集まり、業績向上に繋がっていくでしょう。
激変の時代をしなやかに生き抜くために、今回の特集を参考にしていただければ幸いです。