誤解だらけの「心理的安全性」。
中原教授に聞く、真に「心理的安全性」の高いチームのつくり方。

2023/11/29 UPDATE
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ここ数年「心理的安全性(Psychological Safety)」の重要性が様々な企業で叫ばれています。
しかしながら、その解釈は誤解だらけといっても過言ではありません。例えば、、、

 「心理的安全性が大事だから、チームみんなで仲良くしないとね」
 「心理的安全性が重要なので、安心・安全な職場をつくらないといけないよね」
 「心理的安全性が大事だから、何でも言えるチームになろう」
 「皆がありのままでいられる組織が心理的安全性のある職場なんだ」
 「心理的安全性を確保するために、福利厚生を整えよう」

 残念ながら、これらは全てピントがずれた解釈です。本質を理解しないことにはいくら「心理的安全性」を叫んだとしても、その効果が発揮されることはないでしょう。

 では、私たちが理解すべき「心理的安全性」の本質とは何なのでしょうか。そして、真の「心理的安全性」はどのように高めていけばよいのでしょうか? 

 中原教授に詳しくお話を聞かせていただきました。

PROFILE
中原 淳氏
立教大学 経営学部 教授
北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2017年-2019年まで立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム主査、2018年より立教大学教授(現職就任)。

「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門書に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「人材開発・組織開発コンサルティング」、「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。
「心理的安全性」の本質

-最初に、「心理的安全性」の定義を教えてください。

中原氏:『私の言葉で言えば、「何を言っても、人から干されない、刺されない、つまり除け者にされない」ということです。もともとは、ハーバード大学のエドモンドソン教授が、約20年ほど前に、組織論(チーム研究)のなかで用いた概念です。そこでは「このチームで、リスクをとって自分の考えや懸念を表明し、疑問を口にしたとしても、対人関係上の亀裂や破壊がおこらないであろう、という(チームに)共有された信念」とされています。』

-ありがとうございます。もう少し詳しくお聞きかせください。

中原氏:『心理的安全性の概念を正しく理解するために、重要なことは2つです。一つは「心理的安全性」は「リスクをとること」と隣り合わせの概念である、ということです。つまり、常日頃から「リスクをとること」、別の言葉でいえば、「ストレッチ」を求められる「挑戦環境」である、ということです。ただし、対人関係上のリスクをとって挑戦した結果、チームメンバー間に亀裂が入ってしまっては困りますよね。だから、リスクを取った人を保護するセーフティネットが必要になります。そのセーフティネットが心理的安全性なのです。

 もう一つはチームのラーニング(学習)とパフォーマンス(成果)を高めるための概念である、ということです。つまり、心理的安全性を確保するということは、お互いに指摘し合ったり、ミスを開示し合ったりすることで、チームメンバー全員での学習を促し、その結果としてチームの成果を高めることを目的としている、ということです。』

-本来の意図と世間の理解には大きな乖離がありますね。中原先生が、もし上司に「このチームでは心理的安全性を大事にする」と言われたらどのように感じますか?

中原氏:『一言でいうと「大変だな、シンドイな」と感じると思います(笑)。心理的安全性が主張されるならば、次のようなことを求められていると感じるからです。

「あなたはこのチームのメンバーです。だからチームに貢献しなければなりません。ただいるだけでは、ここに居続けることはできません。貢献のために、言いたいことを言い合いあってお互いをより良くしていきましょう。チームで切磋琢磨して、チーム内部で学びあって、高め合っていきましょうね。でも、何を言われても、あいつ干してやろう、みたいなことはせず、切り分けましょう。そして成果を出しましょう」。


その場にいたら、結構緊張すると思います。』

-ありがとうございます。心理的安全性の本質的な意味が理解できました。つまり、心理的安全性の高いチームとは以下のようなチームであるということですね。

心理的安全性の高いチームとは?
何でも言い合えるが、単なる仲良し集団ではなく、健全な意見のぶつかり合いが頻繁にあり、ミスなどのネガティブな情報も共有されているチーム。結果として、チームメンバーが「効果的な行動」や「適切な判断」を学習し、高い成果を生み出している。


「心理的安全性」の高いチームのつくり方

-では、「心理的安全性」が高いチームをリーダーはどのように作っていけばよいでしょうか?

中原氏:『最初に理解していただきたいのは、「行為(実践)が先で、心理的安全性は後である」ということです。「心理的安全性」という状態を直接手を加えて作り出すことはできません。何らかの行為(実践)を行ない、そこで「何を言っても、干されない」という経験をした「あと」で初めて、心理的安全性というものは実感できるのです。

-行為(実践)として最初に取り組むべきことは何でしょうか?

中原氏:『まずは「チームで心理的安全性を確保する」ことをメンバーに伝えます。その際には、勘違いが起きないように、なぜ必要なのか、何が目的なのか、背景をしっかりと説明することが大切です。その上で、話し合うときに守るべきグラウンドルールを設定するとよいでしょう。最初はとにかくハードルを下げて、何でもいいから発言ができる場を作って、それにみんなが関心をもって聞くことです。そして、そのような機会を、公平にみんなに回すことが大切です。

 リーダーの行動として、最もパワフルなのは、誰かが発言をしてくれたら、どんなに耳の痛いことでも「言いにくいことを言ってくれてありがとう」と言えることです。どんなことでも、一旦拾う。意見を取り上げない、無視することをやめ、意見を出してくれたことに感謝します。

 このようなことを習慣になるくらいまで、ずっとやり続けた先に、「うちの組織、ちょっと変わってきたかもね」となり、「これって心理的安全性っていうんじゃない?」みたいに認知されることになっていくのだと思います。』

当社での実践例

-ありがとうございます。当社では言いにくいことを率直に言うために「キモチ伝達力の発揮をルール化する」という取り組みをしています。「心理的安全性」を醸成する実践例のひとつとしてどうでしょうか?

キモチ伝達力発揮のルール化

キモチ伝達力とは…相手に自分のことを理解してもらうために、相手の言動に対して感じた自分の喜びや悲しみを、能動的に、率直にそのまま伝える力



<ルール化するとは?>
「自分が感じた【喜びや悲しみ】をそのまま、率直に上司に伝えてよい」時間をチームで確保すること。一般的に、空気を読む・相手の立場になる・葛藤を避けたがる日本人が苦手とするコミュニケーションのため、あえて時間を設けて行なうことが大切。

<ポイント>
・怒りを伝えると対人リスクに繋がりやすいため【嬉しいと悲しい】を用いること。

・リーダーは控えめに。上司から先に発信すると部下は萎縮してしまう。部下のキモチ伝達力を引き出すよう心がける。部下からキモチを受け取った際には反論はせずに、キモチを伝えてくれたことに感謝のキモチを伝える。

<実践例>
(上司から部下)
「今から、キモチ伝達力の発揮タイムです!ルール通り、自分のキモチを何でも率直に言い合いましょう。」

(部下Aから上司)
「●●さん、実は先ほど言われた言葉で、悲しい気持ちになりました。●●さんにとっては何気ない言葉だと思うのですが、私は意見を否定されたように感じました。」

(部下Bから上司)
「●●さんのあの一言が嬉しかったです!実はあの時落ち込んでいて、すごく救われました。」

(上司から部下)
「●●さんが成長してくれたおかげでチーム目標が達成できている。私はすごく嬉しい!」

 ……など


中原氏:心理的安全性をつくるための実践の一つだと思いますし、リーダーに対するフィードバックの機会にもなってると思います。ほとんどのリーダーは大概のことを良かれと思ってやっているのですが、それが「悲しい」と認知されていることやズレているに気づいていません。鏡がないと気づかないんですよね。

 だから、リーダーは自分からフィードバックを取りに行くべきなのですが、なかなか難しいと思うんですよね。このようにルール化してしまって、例えば各週1回30分とか隔週1回15分とかでもいいから行なうと、とてもいいと思います。

 このような時間を隔週1回15分でもいいから取ろうと考える人。忙しいからそんな時間取れないと考える人。二つに分かれますよね。後者のように考える人のチームはおそらく「だんだん目標が握れなくなり、知らない間にフリーライダーが生まれていて、ある人の業務が増えて、その人ばかりが忙しくなって、メルトダウンがおきる」というような悪循環が起こりがちです。

 だったら最初から各週1回15分間でもいいから、言いたいことを言える時間をとろう、というのが健全だと思います。ただ、みんなやった方が良いと思っているんだけど、ついつい「忙しいから無理」となってしまうんですよね。そこを乗り越えて、ぜひ、多くの組織でこのような取り組みをしてほしいなと思います。』

-ありがとうございました。

まとめ:真の「心理的安全性」は「チーム学習」を促進する

 心理的安全性の本質、そして心理的安全性の高いチームのつくり方を中原教授に聞かせていただきました。

「心理的安全性」が世の中に広く知られるようになったきっかけはGoogleによる「生産性の高いチームの要因」を探る研究でした。様々な分析の結果、「心理的安全性」がチームの生産性に非常に強く影響を与えることが判り、そこから様々な企業で注目がされるようになりました。

 しかし、心理的安全性は誤解されやすい言葉です。真の意味や目的を理解したうえで使っていかなければ、その効果は得られないでしょう。心理的安全性の最も重要な効果とは「チーム学習」の促進です。チームに貢献するために言いにくいことも言う、疑問に思ったことは率直に質問する、自らの失敗を進んで共有する。このような健全な意見のぶつかり合いや情報共有によってチームメンバーは効果的な行動や適切な判断を学んでいくことができます。

 心理的安全性の意味を誤解して使ってしまうと、チーム学習は促進されず、ただの仲良しの集団になりかねません。まずは、その本質を正確に理解することが大切でしょう。

 加えて、チームの心理的安全性に大きな影響を与えるのはリーダーのマネジメントです。一方的なマネジメントではなく、対話を重視した支援型のリーダーシップが心理的安全性の高いチーム状態を作っていきます。

 本稿での内容が、真に「心理的安全性」の高いチームをつくることの参考になりましたら、これほど嬉しいことはありません。


執筆・編集:入社後活躍研究所 研究員 千葉純平

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