近年、注目を集めているのが『ジョブ・クラフティング』です。ジョブ・クラフティングとは、 従業員一人ひとりが仕事の捉え方や業務上の行動を修正することで、現在のやらされ感のある仕事を働きがいのあるものに変容させることです。
その変化によって、従業員は、仕事の有意味感や満足感、自己効力感を得られ、組織は従業員のエンゲージメントの高まりによる、生産性や定着率の向上が期待できます。
ジョブ・クラフティングは個人が行なうことですが、企業の取り組みによって促していくことは可能です。
どのように行なっていけばよいのでしょうか。組織と個人の関係を長年研究し、ジョブ・クラフティングにも詳しい首都大学東京の高尾教授にお話をお伺いしました。
― ジョブ・クラフティングとは、どういったものなのでしょうか?
高尾氏『ジョブ・クラフティングとは、 働く個人が主観的・主体的に、仕事に新たな意味を見出したり、仕事内容の範囲を変えたりすることです。よりシンプルに表現するならば、「自分で自分の仕事を意義深いものに変えていくこと」です。
実際のジョブ・クラフティングでは、3つの次元で変化を起こしていきます。「仕事の内容や方法」「人間関係」「仕事の捉え方」です。
よく比較される考え方に「ジョブ・デザイン」があります。ジョブ・デザインとは、マネジャーまたは組織が、働きがいのある仕事を設計し、それを各従業員に割り振っていくことです。主体者となるのは組織や上司であり、従業員は受け身的な存在とみなされます。また、各従業員の性格や価値観の違いは考慮しません。組織が考える「働きがいのある仕事」は、従業員の誰にとっても「働きがいのある仕事」だと考えます。
ジョブ・クラフティングとジョブ・デザインはどちらも、仕事そのものやその経験が従業員の感じる仕事の意味や意義に影響を与えると捉えていますが、組織主導―個人主導、画一的―個別的という違いがあります。』
― ジョブ・クラフティングでは、 「仕事の内容や方法」「人間関係」「仕事の捉え方」を変えるということですが、もう少し詳しく教えてください。
高尾氏『1つずつお伝えします。
まず、「仕事の内容や方法」ですが、各従業員が現在従事している仕事の内容や方法の変更を意味しています。注意していただきたいのは、職種転換や異動など、仕事をガラリと変更することだけが対象ではないことです。仕事は、複数のタスクから構成されています。タスクの量や内容、方法を変更することも、仕事そのものや仕事の経験を変更することに繋がるのです。
例えば、採用担当者が採用候補者をひきつけたり、コミュニケーションをとったりするためにソーシャルメディアを活用するなどはこちらに当てはまります。
「人間関係」は、他者との関係性もしくは相互作用に関する境界の変更を意味します。つまり、仕事やタスクの遂行に関わる、同僚や顧客といった他者との関係性を増やしたり、その質を変えていくことです。例えば、病院の掃除スタッフが、患者やその家族、訪問者とのコミュニケーションを増やし、関係の質を良くすることなどが挙げられます。
「仕事の捉え方」は、個々のタスクや仕事全体について、自分がどのように捉えるかを変化させることです。物理的な意味での業務内容(仕事・タスク)の変更や他者との人間関係の変化がなかったとしても、それらをどのように認知するかによって、仕事の意義や意味は変化しうることを意味しています。例えば、タスクの自律度が低く、ルーティン業務に従事している給与計算業務の担当者が、業務の背後にある仕事の流れに目をやることで作業に面白みを感じるようになること、などです。』
― ジョブ・クラフティングが注目を集めている背景は何でしょうか?
高尾氏『ビジネス環境が変化し、仕事にやりがいを持ちづらくなったためです。事実、ジョブ・クラフティングが提唱されはじめたのは2001年ですが、ビジネス環境の変化が激しくなり初めたここ4-5年で特に注目されるようになりました。 ここで言うビジネス環境の変化とは、主に以下3つのことです。
1つめは、 仕事の複雑化です。これまで、従業員は、組織から与えられた仕事をこなせば、ほぼ確実な成果につながり、仕事を通じた貢献感を味わうことが出来ました。しかし、仕事が複雑化したことで、組織は「確実性の高い仕事」「やりがいを感じやすい仕事」をデザインし、従業員に与えることが難しくなりました。従業員は、「自分の仕事が、確実な成果につながるかわからない」「自分の仕事が最終的な成果にどのような影響を与えているかわからない」など、自らの仕事の意味や意義を感じることが困難になっているのです。
今後、こうした変化はさらに大きくなっていくと予想されています。個人が仕事の経験を自ら作り上げ、仕事のやりがいを見出す、ジョブ・クラフティングの重要性は増していくでしょう。
2つめは、 組織と従業員の長期的関係性の崩壊です。
長期雇用や年功的賃金など、共同体的な側面を色濃くもった日本の会社組織では、「今ここで、この仕事をする意味」を従業員が自ら見出す必要性は小さいものでした。現在の組織で担っている仕事をすれば、組織への所属、そこでの承認・昇進といった価値が提供されることがほぼ約束されていたからです。
しかし、長引く不況やテクノロジーの進化が影響し、その関係性は変化しています。従業員は、組織から与えられた仕事をこなすだけでは将来的なキャリアアップが見込めなくなりました。そこで、従業員が自身のキャリア開発のために自律的に仕事との関わりを見つめ直し、一つ一つの仕事の経験を意味づけていく、ジョブ・クラフティングが注目されているのです。
3つめは、 仕事の個業化です。先程も申し上げましたが、以前までの日本企業は、共同体的な側面が色濃く、社内外で濃密な人間関係が築かれていました。従業員は、他者と関わることから、仕事のやりがいを感じることが可能だったのです。しかし、近年は、仕事の専門職化が進んだ影響もあり、社内外における人間関係の希薄化が起こっています。そこで、職場の人間関係を改めて構築し、関わりを作っていくジョブ・クラフティング が注目を集めているのです。
そして、ジョブ・クラフティングには、いくつかの効果があることもわかっています。
まず、組織にとっては、従業員のパフォーマンスや定着率の向上につながります。 ジョブ・クラフティングを行うことで、仕事のフィット感が上がり、従業員は、仕事の有意味感や満足感、自己効力感を感じやすくなります。結果、ワーク・エンゲージメントが高まるのです。
個人にとっても、仕事のやりがいを感じやすくなる、自分のこだわりや自分の強みの再発見を通じてキャリア開発にも繋がるといったメリットがあります。』
この章では高尾教授から伺ったお話と文献(※)を基にジョブ・クラフティングのエッセンスを紹介する。
自分が現在従事している業務内容をいくつかのブロックで書き表し、「実践前ダイヤグラム」を作成。その業務に費やす時間が多いほどブロックは大きく、少ないほど小さく表記。例えば、一般的な人事の業務に当てはめた場合、図1のようになる。
現在の仕事を大小のブロックで表すことで、自分が、どれほどの時間とエネルギーをどのような仕事に注いでいるかをひと目で確認することが可能。
自分の「動機、情熱、強み」を可視化。動機とは「仕事をする上で大事にしたいこと」、情熱とは「やる気に繋がること」を意味する。図2のように、要素別に色をわけて書き出すことで、「自分がやる気と業績を向上させる仕事は何か?」を特定することが可能。
これまで書き出した「現在の仕事」「動機、情熱、強み」を叩き台に、仕事に費やしている「時間とエネルギー」の配分を見直し、新しいダイヤグラムを作成。この時、最初に可視化した既に自分が行っている業務の配分を見直すだけではなく、必要に応じて「業務内容」「人間関係」を変革し、新しい仕事のブロックを作成。
次に、仕事の捉え方に変化を起こす。「動機、情熱、強み」の丸円の周囲に、それらと関連性の高い「仕事のブロック」配置。仕事と自分らしさの関連性がひと目で確認できるようになる。加えて、共通の目標や役割で分類し、枠線で囲む。それぞれの仕事がどのような役割を果たしているか、ひと目で確認できるようになる。
最後に、新しい仕事の構成を実現していく過程で直面しそうな問題を考え、事前に「業務内容」「人間関係」の変革を通じて対応策を講じておく。
例えば、図3では、「組織に関わる人材が最高のパフォーマンスを発揮できるよう尽力する」という役割を果たすにあたり、現在の仕事内容だけでは、「組織に関わる人材に関する情報が不足しているため、効果的な人事施策を企画・実施できない」という問題に直面することが予想できた。そこで、現場情報を集めるために、「現場・人事の協業のためのミーティング企画・運営」という仕事のブロックを書き加えた。
※Managing Yourself: Turn the Job You Have into the Job You Want
(Amy WrzesniewskiJustin M. BergJane E. Dutton)
https://hbr.org/2010/06/managing-yourself-turn-the-job-you-have-into-the-job-you-want
― 組織として、従業員が効果的にジョブ・クラフティングを実施するためにすべきことはありますか?
高尾氏
『4つやっていただきたいことがあります。
1つめは、上記で紹介されている方法などを参考に、少し、日常業務から離れて、ジョブ・クラフティングを考える時間を取れるようにすることです。
2つめは、従業員に自律的な職務を与えることです。職務遂行時の自由が認められていることで、「仕事の内容や方法」「人間関係」「仕事の捉え方」の変革を起こすことができ、ジョブ・クラフティングの効果を最大限引き出すことができるからです。
3つめは、従業員が主体的な変革を行った際に、上司がネガティブな反応をとらないことです。部下は、上司の反応に敏感です。ジョブ・クラフティングを推進するためには、思ったことを何でも言い合える、実行できるような雰囲気作りを心がけることが重要です。
4つめは、上司自身が仕事の中に自分らしさやこだわりを見せることです。メンバーへの一番のメッセージになります。上司が仕事に働きがいを感じ、それを語る姿を見ることで、部下も見習っていきます。経営者・人事としては、マネージャークラスからジョブ・クラフティングを浸透させていくことが重要です。』
― 逆に、ジョブ・クラフティングを企業側から行なう上で気をつけることはありますか?
高尾氏『仕事の属人化に気をつけてください。自分らしさを出しすぎると、その仕事はその人にしか担当できなくなってしまう危険性もあります。その人の異動や転職が決まった際に、後任へ仕事を引き継ぐことが難しくなってしまうのです。
今後、雇用の流動性は高まっていくことが予想されます。組織の中の人員が入れ替わるスピードも上がっていくでしょう。にも関わらず、その人以外は仕事のやり方がわからないという状態を作ってしまっては、組織にとってはマイナスです。
仕事がブラックボックス化しないように、自分らしさを推奨する一方では標準化も進めなければなりません。上司がコミュニケーションをとって、バランスを一緒に考えていくことが必要です。』
― ありがとうございます。最後になりますが、企業側から従業員にやりがいを持たせることは、一歩間違うと、いわゆる「やりがい搾取」にもなり兼ねないと思います。そうならないために気をつけることはありますか?
高尾氏『ジョブ・クラフティングの基本である「仕事を意味づける主体となるのは従業員本人である」ことを忘れないことです
日本企業でやりがい搾取が起こりやすい原因は、自己を確立できていない社員が多いことです。先程お伝えしたように、以前までは多くの企業が共同体的な役割を果たしていたため、自分で仕事の意味や意義を考える必要はありませんでした。変わりつつはあるものの、まだまだ「仕事の意味や意義は、組織や他人から与えられるもの」と考えている人は多いです。
「自己」が確立されていない人であればあるほど、組織から与えられた仕事のやりがいを信じ、命じられた業務を忠実にこなそうとします。そうした人たちにつけ込み、やりがいをエサに不当な労働条件で働かせているのがやりがい搾取です。短期的にはやりがいを持って働けても、従業員本人が自分で考えて真に納得していないため、長期的には自己矛盾を起こして疲弊してしまうでしょう。
また、組織側に悪意がなくても、やりがい搾取に陥ってしまうこともあるので注意が必要です。最初から、ジョブ・クラフティングを効果的に実践できる人は多くありません。そこで、先程申し上げたように、組織側からの問いかけや環境作りを推奨しています。しかし、それが行き過ぎてしまえば、結局は、「組織から与えられたやりがい」になってしまいます。
「あくまで主体者は従業員である」ということを忘れずに、問いかけの仕方や頻度に気をつける必要があります。
やりがい搾取とジョブ・クラフティングでは、目指すべき仕事の仕方にも違いがあります。やりがい搾取で多く見られるケースは、「とにかく仕事を拡げることを重要視する」というものです。仕事の量を増やしていくことが、やりがいにつながるという考え方です。
一方、ジョブ・クラフティングでは、仕事を自分らしくすることを重視します。自分の動機・情熱・強みと企業から求められる仕事のベクトルを合わせ、仕事のなかに自分らしさを出していくという考え方です。
研究途中ですが、主体的に仕事や人間関係の幅を拡げる人が、一方では自分のこだわりを発揮できるような仕事に集中したり、仕事のやりがいについて必要以上に考えすぎないという傾向もみられます。つまり、仕事を拡げるだけの人よりも、仕事を自分らしくできる人の方が、エンゲージメントが高いのです。』
今回は、ジョブ・クラフティングについてお話を伺わせていただきました。
「仕事の内容や方法」「人間関係」「仕事の捉え方」という3つの次元を修正することで、やらされ感のある仕事を働きがいのある仕事に変えることができ、従業員の職務満足度やパフォーマンス向上につながることがわかりました。定着率・生産性に課題を感じている企業にとって、ジョブ・クラフティングは、その解決策になるのではないでしょうか。
ジョブ・クラフティングの効果を高めるためには、企業が、従業員に対して自律的な職務を与える必要があることもわかりました。自律的な職務でなければ、「仕事の内容や方法」「人間関係」の修正範囲が限られてしまうためです。
ただ、 より大きな働きがいを得るためには、従業員がジョブ・クラフティングを実施すると同時に、企業自身が、組織体制、組織文化、組織風土、商品・サービスを改善していくことも必要です。職場や商品・サービスに誇りを感じることができなければ、働きがいの向上には限界があります。手間暇のかかる道のりだと思われるかもしれませんが、 従業員に働きがいを感じてもらえなければ、入社後活躍を実現することはできません。
今回の特集が、自社の働きがいを考えるきっかけになれば幸いです。