久々に部下から声をかけられ、面談を実施。
「急なことで申し訳ないのですが、来月いっぱいで辞めさせてください」。
退職の申し出だった。優秀な人材。頼りにしていた。それだけに細かく指示をせず、自由に仕事をしてもらっていた。きちんと評価もしていた。一体、いつから辞めようと思っていたのだろうか。
「優秀人材のビックリ退職」に悩む企業が増えています。
売り手市場で採用難の現在、優秀人材が抜けた穴を早期に埋めることは難しい。なおかつ、急な退職となるとそのダメージは甚大です。
ビックリ退職は防ぐことが出来るのでしょうか?
今、注目を集めているのが、上司と部下が1対1の定期的な対話を行う『 1on1 』という手法です。
『 1on1 』はなぜ優秀人材の定着に効果的なのでしょうか?経営者・人事はどのように導入を進めていくべきなのでしょうか。
「シリコンバレー式 最強の育て方 ―人材マネジメントの新しい常識 1on1ミーティング―」の著者である、世古詞一氏にお話を伺いました。
― まず、1on1そのものについて聞かせてください。上司と部下の1対1の面談は既に多くの企業で実施されていますが、何が異なるのでしょうか?
世古氏
『従来の面談は「上司のための時間」です。多くの企業では、半期や年に一度、評価面談が行われています。上司は面談後、部下の評価を人事部や上位役職者に伝える必要があります。そのため面談では、報告書類を書くために必要な材料を聞くことに終始しがちです。また、従来の面談における上司の役割は、「部下を指導すること」です。面談で部下から相談があった時、全て聞き終わる前に解決策を提供してしまいがちです。
一方、1on1は「部下のための時間」です。内容は、部下が相談したいことや部下個人に焦点を当てた話が中心です。1on1における上司の役割は、「部下の話を傾聴し、部下の状況や問題、関心事を把握しながら、部下のキャリアや仕事に関する内省を支援すること」です。
実施頻度も異なります。従来の面談は、半期や年に一度の評価面談、または何か問題が生じた際に緊急的に実施する程度です。1on1は、隔週一回、または月1回、30分~1時間かけて実施します。』
― 1on1の実施は優秀層のビックリ退職防止に効果があるのでしょうか?
世古氏
『はい。効果があります。優秀層だからこその悩みや不安を解決できるためです。
多くの企業様で人事コンサルをしてきましたが、優秀人材の定着に関する問題の多くは「上司と部下のコミュニケーション不足」が原因です。「優秀でやる気もあるので、変に邪魔しないで自由に仕事をしてもらった方が、本人の成長や組織の成果につながる」と考え、優秀な部下を放置し、あまり優秀でない部下には手厚いマネジメントをしている上司が多いのです。
しかし、実は、優秀層ほど上司に構って欲しいと考えています。「より良い仕事をするためのフィードバックが欲しい」「既存の目標は簡単に達成できるためやりがいを感じづらい。刺激的な業務を任せて欲しい」など、優秀だからこその悩みや不満を抱えているのです。
優秀層は、放置され続ければ「この会社にいても得るものがない」と見切りをつけます。上司とコミュニケーションを取る習慣がないため、転職意向を伝えず、水面下での転職活動を行います。上司が聞かされるのは、転職活動が終わった後のビックリ退職の報告のみなのです。
1on1を実施すれば、上司が部下と定期的にコミュニケーションをとりながら、優秀人材が求めている「仕事を通じた成長」や「より大きな成果の創出」を後押しできます。悩みや不満を早めに察知し、対応できるため、ビックリ退職の防止に繋がるのです。』
― 優秀人材と1on1を実施する際、上司が特に求められることは何なのでしょうか?
世古氏
『部下とコミュニケーションをとりながら、経験学習をサポートすることです。経験学習とは、仕事上の経験から学びを得ることです。そのプロセスを理論化したものを経験学習モデルと呼びます。
具体的な例でいうと以下です。
①具体的経験
困難なプロジェクトだったが、納期までに終わらせることができた
②内省的観察(振り返り)
今回のプロジェクト成功は、多くの人を巻き込んで協力してもらえたことが要因だ
③抽象的概念化(教訓・学びにする)
今回の業務を通じて、以前よりも質の高いリーダーシップ能力を発揮できるようになった
④能動的実験(新たなチャレンジをする)
今、社内では営業と商品開発の連携がとれておらず、互いにストレスを感じている。両者に掛け合い、話し合いの機会を設けてみよう
優秀層でも、実際の業務を通じて自分がどのような能力を獲得・発揮できたか、またはできなかったかを自覚している人は多くありません。1on1での上司とのコミュニケーションを通じて、自分の持っている能力や不足している能力を自覚できれば、その後の業務で能力を能動的に発揮・獲得できるようになります。成長実感やより大きな成果を得ることに繋がるのです。』
― ただ、実際に1on1を実施する上で、「部下とほとんどコミュニケーションをとってこなかったので何を話せばいいかわからない」「どう進めればいいのかわからない」と苦手意識を持ち、戸惑うマネージャーも多いはずです。1on1では、具体的にどのような内容を話し、どのような進め方をしていけば良いのでしょうか?
世古氏
『おっしゃる通り、いきなりうまくやるのは難しいです。最初のうちは、下記の1o1実践マップを確認しながら進めていくと良いでしょう。
1on1で土台になるのは、人間同士の信頼関係です。信頼関係がなければ、部下は自分のことを話してくれません。信頼関係づくりステージの3テーマは、毎回の1on1で必ず触れるようにしてください。その後、部下の状態を加味した上で「成長支援ステージ」のいずれかのテーマを選び、対話を行ってください。』
― 逆に、話してはいけないことや気をつけた方がよいことはありますか?
世古氏
『その時に取り組んでいる業務の細かい進捗を話さないことです。ただし、部下が話したいという場合は時々ならOKです。1on1では、部下の成長に繋がるように、普段あまり話さない抽象度が高く、中長期的な内容を中心に話すように心がけてください。
上司が対話のゴールを決めないことも大切です。自立した部下は育たず、既に自立している部下は 「会話を誘導されている」という窮屈感や嫌悪感を感じてやる気を失います。ただ、ゴールを決めないと、「ただ雑談をして終わった」という自体にもなりかねません。先程のマップを活用して、「今なんの話をしているのか」の共通認識は持つようにしてましょう。
― その他に、1on1に慣れていないマネージャーが気をつけるべきことはありますか?
世古氏『3つあります。1つめは、完璧に行おうとしないことです。完璧を目指すと、基礎的な部分がおろそかになりやすいです。部下が一度でも「1on1が苦痛」と感じてしまえば、そこからの挽回は相当難しくなります。私は1on1を6つのレベルに分けていますが、最初はレベル1~3の「話す機会を増やす。話を聞く。いいなと思う箇所を褒める。」という基礎的なことを徹底してください。
2つめは、部下に気持ちよく1on1に参加してもらうことです。1on1をより良いものにするには、部下の協力が必要不可欠です。テクニカルな話ですが、「初回の1on1を設定する前に、目的を伝えてからスケジュールを調整する」「話しやすい場所を確保する」「『定例面談』などの固い名前ではなく、『ふたり未来会議』『鈴木(部下の名前)の時間』『イドバタ』などネーミングに遊びを持たせる」といった工夫が必要です。
3つめは、マニュアルに固執しすぎないことです。1on1はあくまで「人間同士の対話」です。「これさえすれば上手くいく」というものはありません。最初のうちは今回説明したことを参考に進めて欲しいのですが、慣れてきたら、部下の状態に合わせて臨機応変に対応するよう心がけてください。
先程も述べましたが、はじめのうちは1on1を上手く実施できないかもしれません。ただ、優秀人材の定着や活躍を考える上で、1on1が非常に効果的です。実際、私が1on1導入を支援した企業で、部下からの声を集めたところ以下のようなポジティブな声が多数寄せられました。是非、根気強く取り組んでみてください。
■1on1実施後の部下の声
「仕事の進め方について上司から意見をもらったり、日常でなかなか話さないチーム内のことを話したりすることは、あるようでなかった機会でした。また、定期的に話す機会があることで、普段から『なにか伝えておくことはないか?』と考えるようになり、以前よりもチーム内はもちろん、会社全体のことをよく見たり、気がつくことが多くなりました。」
「今までもコミュニケーションはとっていましたが、一方通行で、ただ私が報告しているだけでした。1on1では、上司が質問をしてくれるため、自分の仕事やキャリアを振り返るよい時間になっています。1on1の時間以外でも、自分自身で仕事やキャリアについて考える機会が増えています。」
― 企業として導入を進める上で、経営者や人事が注意すべき点はありますか?
世古氏
『「会社として推奨していきますが強制はしない」というスタンスではじめることです。
経営者や人事が強制的に1on1を導入すれば、マネージャーは「会社や人事から指示されて実施している」と感じますし、部下は「マネージャーから強制的にやらされている」と感じます。これでは従来の面談と変わりません。
経営者や人事はサポート役に回ってください。1on1に興味を持っているマネージャーを中心に小さくはじめ、少しずつ輪を広げていってください。
例えば、うまく1on1を行っているマネージャーからポイントを聞いて、月に1回程度マネジャーを集めての成功事例の共有を行ったり、ロールプレイなどのワークショップを行う場を設定するとよいでしょう。』
― その他に、導入・運用にあたって気をつけるべきポイントはありますか?
世古氏
『1on1実施後、人事やマネージャーは部下を観察する立場から、観察される立場に変わるということです。
1on1で様々な対話がされることで、個人と個人、個人と組織の関係性がオープンになっていきます。今までうやむやにされていた組織のブラックボックスが次々に開いていきます。
人事は現場からの、マネージャーは部下からの質問や要望に対して、必要であれば自分の上司や他部署に掛け合うなど、とことん誠実に対応してください。
もちろん、対応できない質問や要望もあるはずです。それでも、「あなたからの質問や要望に対して、こうしたアクションを起こし、結果(現状)はこうなった」など、部下や現場への逆ホウレンソウは確実に実行してください。
逆ホウレンソウを怠れば、相手は「言っても無駄だ」と見切りとつけ、二度と本音を伝えてくれなくなります。これでは、ビックリ退職は減りません。逆に、誠実に対応すれば、お互いの信頼関係はより強固なものになります。その後、1on1の効果はより大きなものになります。
さらに、会社そのものをブラッシュアップすることに繋がります。インターネットが進化し続ける時代では、今までのように企業の悪い部分を隠して採用したり、社員をモチベートすることは出来なくなります。優秀な人材から選ばれ、活躍・定着してもらうためには、小手先のテクニックではなく、企業そのものを良くしていかなければならないのです。』
今回は、1on1についてお話を伺わせていただきました。
上司は、自立して手がかからない優秀層を放置しがちです。しかし、優秀層は優秀だからこその悩みや不満を抱えており、「この会社にいても得るものがない」と感じればすぐに転職してしまいます。上司は1on1を通じて、優秀人材の不満や課題と向き合い、彼らが成長し、より良い仕事をするための後押しをする必要があります。
また、1on1を実施すると、今までうやむやにされていた組織のブラックボックスが開いていきます。簡単に解決できるものばかりではないでしょうが、組織そのもののブラッシュアップに繋がります。
1on1を繰り返し実施することで、1on1以外の場でも対話が行われるようになります。組織内に対話の文化をつくることができるのです。企業と個人の成長スピードは、さらに加速していくでしょう。
今回の特集が、上司と部下のコミュニケーションを考え直すきっかけになれば幸いです。