なぜ人は辞めるのか?
退職を科学する

2019/01/29 UPDATE
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やっと採用できた人材が数ヶ月で辞めてしまう。

難しい市況の中、手間もコストもかけた。
「きっと活躍してくれるはず」と太鼓判を押した。

念願の人材だったのに、なぜこんなことが起こってしまったのだろうか。

上記のような『早期離職』。
人事や経営者なら一度は経験したことがあるでしょう。
その度に、悔しい思いをしているのではないでしょうか。

「早期離職は防ぐことができます。退職の予兆を察知し、適切な対応をすることが大切です。」
そう語るのは、入社者の離職リスク可視化ツール『HR OnBoard』のサービス責任者を務める越田氏。

『早期離職』はなぜ起こるのでしょうか。そして、どうすれば防げるのでしょうか。
エン・ジャパンの越田氏に詳しく話を聞きました。

PROFILE
越田良氏
『HR OnBoard』企画推進グループ マネージャー
1979年、大阪府生まれ。立命館大学を卒業後、エン・ジャパン株式会社に入社。新卒採用支援を行なう法人営業として、中小企業から大手、多様な業種の企業の採用支援に従事。その後、教育・評価事業の企画職を経て、2018年より現職。離職防止のためのサポートツール「HR OnBoard」(https://on-board.io/)の開発を先導、クライアントへの導入をサポートしている。
あの退職は防げたかもしれない

―たくさんのケースを見てきたと思いますが、企業は『早期離職』に対してどのように考えているのでしょうか?

越田氏「課題は感じつつも、どうすればよいかわからない」。このような状態の企業が多いです。人事は入社者が現場に配属されてしまうと詳しい状況が分かりません。そのため、退職が分かった時にはもう手遅れであることがほとんどです。現場でも中途入社者にどう接すればいいのかわからず、日々忙しくしているうちに、気付いた時には「退職意思」が固まっていたというケースをよく聞きます。』

―なるほど。なかなか手が打てていないというのが現状なのですね。しかし、企業がこの問題を放置するのは得策ではないですよね?

越田氏『はい。早期離職が企業に与えるダメージは決して少なくありません。
まず財務的な損失があります。具体的にどのくらいなのか。イメージしていただくために、入社後3ヶ月で社員1名が辞めた場合の損失額を試算してみました。あくまでも、当社で把握している一般的な値での計算です。どんな人をどんな手法で採用して、どのような教育を施したかによって変化することにご注意ください。



いかがでしょうか? かなりインパクトのある数字ではないでしょうか。

その他に、育成に関わった社員や職場全体のモチベーション低下を招く恐れもあります。それが、他の社員の連鎖的な離職につながることも考えられます。』

―これは手痛い損失ですね。早期離職を防ぐためには、どんな手が有効なのでしょうか?

越田氏 早期離職に大きく影響を与える要因は3つあります。2013年頃から当社のサービスを利用した方の定着支援を行ってきました。そこでいただいた膨大な生の声の分析から浮かび上がってきたものです。

その3つのポイントに沿ってフォローをすることが定着につながります。実際に、そのフォローを実践している「HR OnBoard」利用企業の入社1年後の平均離職率は、 「13.6%」から 「5.3%」へと改善されています。』

年間約6万人の入社・定着支援から見えてきた『退職のメカニズム』

―それはすごい。『早期離職に大きく影響を与える3つの要因』とは何でしょうか?

越田氏『それは「ギャップ(Gap)」、「リレーション(Relation)」、「キャパシティ(Capacity)」です。当社では頭文字をとって「GRC」と呼んでいます。

それぞれ詳しく説明しますね。

まず「ギャップ(Gap)」について。「ギャップ(Gap)」とは、入社前に会社に抱いていた「期待」と「現実」との乖離 のことです。

本人の期待と現実にギャップがある場合は、入社後すぐに症状が出ます。まず、1ヶ月目くらいでは、会社の雰囲気に違和感を覚えます。例えば、求人広告や面接では「自由闊達な雰囲気で、意見も言いやすい環境です」と言われていたのに、規律やルールと厳密な上下関係を大切にする風土を目の当たりにしたら、すぐに「聞いていた話と違う」とショックを受けますよね。

2ヶ月目くらいになると今度は仕事内容についてギャップを感じ始めます。例えば「すぐに責任ある仕事を任せてもらえると思っていたのに、簡単な仕事しか任せて貰えない」と本人が感じるケース。会社側としては慣れてもらうために配慮をしたつもりが、それが上手く伝わっていない。「自分は期待されていないのかも」という不安と不満が蓄積されてしまいます。

逆のパターンもあります。思っていたよりハードな仕事を、最初から任されて、気持ちの準備が追いつかず潰れてしまう。このようなケースもよくあります。

ギャップを感じたままだと、なかなか職場に馴染めません。社内ルールやシステムに慣れることも難しいため、業務が上手く行かず、成果も出せません。その結果、本人は「この会社は自分とは合わないかもしれない」と考えてしまったり、会社側は「期待はずれだったかも」と評価してしまいます。これが早期離職を招く原因になるのです。』

―ありがとうございます。次は「リレーション(Relation)」について教えてください。

越田氏『「リレーション(Relation)」。これは「直属の上司との関係性」のことです。といっても、入社してそこまで日が経っていない中途入社者との関係性ですから、「深い信頼関係が結べていない」という類のものではありません。 単純に「相談しやすいか、話しかけ易いか」ということです。

もちろん、同僚など上司以外との人間関係も離職に影響しないわけではありません。
しかし、その影響は弱いと分析しています。同僚との関係性がよくても、直属の上司と悪ければ離職する。同僚との関係性が悪くても、直属の上司と良ければ離職しない。蓄積してきたデータからこんな傾向が出ているからです。注目すべきは、やはり「直属の上司との関係性」と言えるでしょう。

中途入社者は現場に配属されると「孤独」です。面接官とは深い話をしていたとしても、現場とはそうではありません。しかも、一般的に中途入社者は周囲から即戦力と思われがちです。本人もその空気をヒシヒシと感じます。「こんなこと聞いていいのかな」、「出来ないと言ったら、採用失敗だと言われそう」。こんなことを考えがちです。

そんな状態ですので、直属の上司しか頼れる人がいないのです。その上司が忙しすぎて、ほとんど話せなかったり、よそよそしかったら、孤独感はより深まります。

そうなった場合、入社者は適切なサポートを受けることが出来ず、成果が出せません。
ギャップの時と同じように、「自分が活躍できる場所はここじゃない」と思ってしまうのです。』

―最後に「キャパシティ(Capacity)」について教えてください。

越田氏『はい。「キャパシティ(Capacity)」とは 業務量の過多、もしくは業務量の過少のことです。仕事がその人のキャパシティを超えて多いと離職意思に繋がります。

よくあるのは、まだ仕事に慣れていないのに、既存の社員と同じ業務を任せてしまうことです。会社側はそう思っていなくても、本人にとっては負担が大きい。迷惑をかけないように必死でこなそうとして、心身ともに疲弊してしまう。「こんなはずじゃなかった」と思わせる原因となります。これは一般的に、イメージしやすいと思います。

興味深いのは、業務が少なすぎても離職につながることが分かってきたことです。「単純な作業しか任されない、期待されていないのかも」。「周りが忙しそうにしているのに、自分だけ手が空いていて気まずい」。こんな心理になっています。

特に、指示を忠実にこなしてくれるタイプの方、自分から積極的に発言することが苦手な方は「業務の少なさ」に不安・不満を感じる傾向が見えてきています。

この3つが早期離職の原因となる「GRC」です。
まとめると以下のようになります。これが「早期離職のメカニズム」です。』


人の退職は『上司が7割』

―「GRC」に対してどんなフォローをすればいいのでしょうか?

越田氏『まず「ギャップ(Gap)」に関してです。この対策は採用時点から始めなければなりません。求人の際に提供する情報を出来るだけ詳細に記載すること。 良い面だけでなく、マイナス面も正直に伝えること。いわゆる「RJP理論(※)」が重要です。

「ギャップ(Gap)」は、求職者が「過度な期待」を持って入社したときに起こります。『こんなはずじゃなかった』。そうならないために、「企業の現実が理解できる情報」が必要なのです。

前述しましたが、「ギャップ(Gap)」は仕事内容においても起きやすいです。そのため、目標設定の面談を入社初日の研修プログラムに設定することも有効でしょう。

中途入社者が不安になるのは、自分に何が期待されているのかがわからないことです。面談でそこを明確にしてもらえれば、最初に簡単な作業的仕事を任されたとしても、ステップの一つだと理解することができます。それがなければ、悶々とした日々を送らなければなりません。』

―「リレーション(Relation)」、「キャパシティ(Capacity)」の対策についてはいかがですか?

越田氏『ある企業では、毎日「質問タイム」を設けることで上手くいっています。中途入社者は自分を良く見せようとして、なかなか「わからない」と言いづらいです。そこで、疑問や不明点を言いやすい環境を作ってあげることが不安の解消につながっています。5分でも10分でも問題ありません。相談しやすい関係を築くことが重要です。

業務過多は、当たり前ですが、その人の力量を冷静に見て、仕事を割り振ることです。どんなに経験者だとしても、すぐに適応することは難しいです。コミュニケーションをきちんと取りながら進めましょう。

業務過少で悩む方は、自ら「もっと仕事をください!」と言えない傾向がありますので、フォローの際に「仕事に慣れてきましたか?」だけではなく、「困っていることを教えてください」など不満を伝えやすい聞き方をすることが大事です。』

―ありがとうございます。「GRC」の中でどれが問題になりやすいのでしょうか?

越田氏『年間約6万人の入社・定着支援をしてきた実感値でいうと、 「リレーション(Relation)」が7割くらいの感覚です。つまり、早期離職を防ぐ鍵は「上司」が握っていると言えます。
定着に悩みを抱えている企業は、配属先の上司をチェックしてみると解決の糸口が見つかる可能性が高いと思います。』

―よく社員を辞めさせてしまう上司には、中途入社者を配属しないようにすると良い、ということでしょうか?

越田氏『いえ、そうではありません。それでは根本的な解決になりません。その上司の人間性に問題があるわけでなく、あくまでも「関係性」の問題です。コミュニケーションのとり方を改善してもらうことで、結果は全然違うものになると思います。

人事や経営者側も現場との連携が充分であったかを考えなければなりません。人事との連携に問題があるケースも多いからです。

上司からすると「なぜ、この人を採用したのかわからない」という状態だと、どのように育成していいのか分かりません。結果として、放置してしまったり、無理な業務を任せてしまったりすることが起きるのです。

そうならないために、上司になる方を必ず採用プロセスに参加させる企業もあります。面接を通して、その方の人となりや転職理由を事前に把握してもらったり、採用目的を認識してもらうことが出来ます。加えて、上司には「自分が採用したんだ」という自覚と育成に対する責任感が芽生えます。とても良い取り組みだと思います。』

―採用の難易度が高まっている昨今では、入社した方にいかに活躍してもらえるかが、企業の成長に関わってきます。退職の予兆をいかに早く察知して、適切な対策を打つかは本当に重要になってきますね。

越田氏『おっしゃる通りですね。本来ならその企業で活躍できる人が、ほんの少しのすれ違いで辞めてしまう。これほど両者にとって不幸なことはありません。 早期離職につながる「GRC」をいかに早く掴むか。ここの仕組み化がより注目されていくと考えています。』

中途入社者を孤独にしない

なぜ人はやめるのか。
「GRC」の視点から「退職のメカニズム」について聞かせていただきました。

些細なボタンの掛け違いが、早期離職へと繋がっていく。いかに早期にそのボタンの掛け違いに気づくのかが企業にとって重要であることが、今回の特集で分かりました。

中途入社者は孤独です。周囲からは「お手並み拝見」となりがちですし、自らも「早く成果を」と焦ります。その環境の中で結果を出すことは容易ではありません。

「GRC」を早期発見してフォローすることはもちろん重要です。ただ、その前提として入社者を孤独にさせない工夫も重要だと実感しました。それは難しいことではありません。

例えば、ある企業では、中途入社者の入社日から1週間、誰が一緒にランチに行くかを決めることを義務付けています。 人事や経営者から「ランチに積極的に誘ってあげて!」と言われても、「今週は忙しくて」など、実行まで移せてないケースは多くあります。だからこそ、義務付けてスケジュールの登録までしてしまっているのです。

こういった些細なことでも、中途入社者にとっては大きな安心につながっていきます。

中途入社者をうまく受け入れ、早期に戦力化する。今回の特集がその参考になれば幸いです。



執筆・編集:入社後活躍研究所 研究員 千葉純平

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