「中途入社者が入社後活躍するためには、何が必要なのか」。
このことを明らかにするために、入社後活躍研究所では、甲南大学 尾形教授と共同研究を行なっています。
今回は「中途入社者のオンボーディング」 について調査・分析を行ないました。「オンボーディング」とは、採用した社員の「受け入れ~定着・戦力化」を早期に行なうための施策群のことです。 ※「船や飛行機に乗っている」という意味の「on-board」から派生した言葉。
元々はアメリカで生まれた言葉ですが、最近は一部の日本企業においても注目され始めています。雇用の流動化が進み、中途入社者が増加している現在。中途入社者の早期離職や組織適応が課題として顕在化してきたことが背景です。
しかし、まだ新しい概念ということもあり、その実態は解明されているとは言えません。そこで今回は、416社へのアンケート調査を通じて、以下の5点について考察を行ないます。
①「中途入社者のオンボーディング」に対する日本企業の現状
②「オンボーディングへの注力」と「定着率・パフォーマンス」の関係
③ どういったオンボーディング施策が、どういった成果に繋がるのか?
④ 企業が優先順位高く取り組むべき「オンボーディング施策」とは何か?
⑤「オンボーディング」を阻害する組織要因は何か?
※本レポートは尾形教授に分析と分析結果の解釈に対する助言をいただき、まとめています。
調査概要
■調査方法:webを使用したアンケート
■調査対象:「エン人事のミカタ」会員のビジネスパーソン(人事・経営者が主)
■有効回答数:416社
■調査期間:2020年4月22日(水)2020年5月26日(火)
■回答企業の属性
調査のサマリ
①「中途入社者のオンボーディング」に対する日本企業の現状
・「オンボーディング」という言葉を知っている企業は44%
・中途採用者のオンボーディングに力を入れている企業は41%
②「オンボーディングへの注力」と「定着率・パフォーマンス」の関係
・「オンボーディングに力を入れている企業」ほど、「定着率・パフォーマンス」が高い
③どういったオンボーディング施策が、どういった成果に繋がるのか?
④企業が優先順位高く取り組むべき「オンボーディング施策」とは何か?
⑤「オンボーディング」を阻害する組織要因は何か?
・理由のトップは「何から取り組めばよいかわからないから」
・2位は「予算や人員が足りないから」
調査の詳細
①「中途入社者のオンボーディング」に対する日本企業の現状
「オンボーディング」という言葉の認知度
まず、オンボーディングという言葉の認知度について調査を行ないました。
採用した社員の「受け入れ~定着・戦力化」を早期に行なうための施策である「オンボーディング」という言葉をご存知ですか?
「内容を含めて知っている+概要だけ知っている」企業が44%。半分以上は認知しておらず、「オンボーディング」という言葉の認知度はまだ低いことが分かります。
オンボーディングに力を入れている企業の割合
次に、オンボーディングに力を入れている企業の割合を調べました。
貴社では中途採用者の「オンボーディング(定着・戦力化のための入社後の取り組み)」に力を入れていますか?
オンボーディング(定着・戦力化のための入社後の取り組み)に「力を入れている+どちらかといえば力をいれている企業」は41%。半数以上の企業が力を入れていないことが分かります。
様々なオンボーディング施策の導入率
最後に、どのようなオンボーディング施策がどのくらいの割合で導入されているのかを調査しました。「オンボーディングに力を入れている企業/入れていない企業」に分けて分析しています。
中途入社者の定着・戦力化のために、貴社で現在取り組まれていることを教えてください。
※赤枠…差が大きかった施策の上位4つに付けています。
13施策のうち、実施している企業が半数(50%)を超えたのは、「オンボーディングに力を入れている企業」で6施策、「オンボーディングに力を入れていない企業」で2施策。全体的な傾向として、中途入社者に対するサポートは希薄であるといえるでしょう。
13施策のうち、最も導入されている施策は、「オンボーディングに力を入れている企業」では「入社1ヵ月以内の導入研修」で83%、「オンボーディングに力を入れていない企業」では、「ランチや飲み会などの歓迎イベント」で59%。
力を入れている企業と入れていない企業で導入率に最も差があった施策は「入社2ヶ月目以降の継続的な研修」で39ポイントの差。次いで「職場内コミュニケーションの活性化の推進」で34ポイントの差。3番目は「上司と中途入社者の定期的な面談」で33ポイントの差。4番目は「人事と中途入社者の定期的な面談」で29ポイントの差でした。当然ですが、力を入れている企業と入れていない企業では中途入社者に対するサポートに大きな差があることが分かります。
②「オンボーディングへの注力」と「定着率・パフォーマンス」の関係
①では、「中途入社者に対するオンボーディング施策の導入」はまだまだ改善の余地があることが分かりました。ただ、そもそも「オンボーディングに力を入れる」ことは「中途入社者の入社後活躍」に繋がるのでしょうか。②では、「オンボーディングへの注力」と「定着率・パフォーマンス」の関係について調査・分析を行ないます。
今回の調査企業に、中途入社者の「定着率」と「パフォーマンス」への認識を質問。「オンボーディングに力を入れている/入れていない」で分類し、その結果を下記にまとめました。
■「オンボーディングへの注力」と「定着率」のクロス集計
「定着率がとても高い+定着率が高い」と回答した企業は、「力を入れている+どちらかといえば力をいれている」企業群で36%。「力を入れていない+どちらかといえば力をいれていない」企業群では20%となりました。
■「オンボーディングへの注力」と「パフォーマンス」のクロス集計
「パフォーマンスがとても高い+パフォーマンスが高い」と回答した企業は「力を入れている+どちらかといえば力をいれている」企業群で33%。「力を入れていない+どちらかといえば力をいれていない」企業群では17%となりました。
「オンボーディングに注力している」企業群の方が、定着率・パフォーマンスともに高いと認識 していることが分かりました。
■「オンボーディングへの注力」と「定着・パフォーマンス」の関係に関する分析結果
ただし、上記だけでは、「オンボーディングに力を入れている」ことによって、「定着率・パフォーマンス」が高まるかどうかは分かりません。また、企業規模によって影響を受けている可能性も考えられます。そこで、それらのことが分析できる重回帰分析を行ないました。その結果が下記です。
企業規模は「定着率」と「パフォーマンス」の双方に有意ではないため、中途入社者の定着率・パフォーマンスに影響を及ぼしていないことが分かります。一方、オンボーディングは「定着率」と「パフォーマンス」の双方に有意。オンボーディングに力をいれるか、いれないかで、中途採用者の定着率とパフォーマンスに大きく影響が出ることが分かります。
つまり、企業規模に関係なく、オンボーディングに力を入れることで、中途採用者の定着率やパフォーマンスは高まるということが言えます。
③どういったオンボーディング施策が、どういった成果に繋がるのか?
②では、オンボーディングに力を入れるほど、「定着率・パフォーマンス」が高まることが分かりました。ただ、オンボーディングの成果は「定着率・パフォーマンス」が高まるだけなのでしょうか。③では、オンボーディング施策は定着率・パフォーマンス以外に、どういった成果に繋がるのかを調査します。※「オンボーディングに力を入れている企業」170社を対象
オンボーディングで得られた成果
中途採用者の「オンボーディング(定着・戦力化のための入社後の取り組み)」で得られた成果を教えてください。
「そう思う+ややそう思う」と回答した企業は、「オンボーディングに関する取り組むべき課題が明らかになった」が52%、「中途入社者が配属された部署のコミュニケーションが活性化された」が45%、「中途採用活動上のアピールになった」が39%、「中途入社者の所属部門の業績が向上した」が29%となりました。また、「中途入社者の離職率が低下した」は57%、「中途入社者のパフォーマンスが向上した」は52%でした。
オンボーディング施策は様々な成果に繋がっていることが分かりました。
それぞれの成果に影響を与えるオンボーディング施策
次に、どの成果にどのオンボーディング施策が影響を与えているかを分析します。以下のような結果となりました。
・分析モデル
※1~13のオンボーディング施策をダミー変数化(実施していない=0/実施している=1)。実施していることで,どのような成果が得られるかを分析(「オンボーディング施策の実施」を独立変数,「オンボーディング施策の成果」を従属変数とした重回帰分析(ステップワイズ法))。
まず、特に重要な成果である「離職率の低下」と「パフォーマンスの向上」はそれぞれに効果を発揮するオンボーディング施策が異なることが分かりました。課題に合わせた施策の設計が必要です。
また、最も多くの成果に影響を及ぼしたオンボーディング施策は「メンターや相談役などの支援制度」となりました。すぐに相談を出来る存在がいることが、個人のパフォーマンスや職場のコミュニケーションの活性化につながり、組織業績に反映される。ひいては、採用市場に対するアピールやオンボーディング課題の抽出に繋がっていくことが分かります。
「上司など受け入れ側に対する教育」「上司と中途採用者の定期的な面談」も組織適応に重要な役割を果たすことが分かりました。
解釈に気をつけなければならないのは,「入社1ヶ月以内の導入研修」が「職場のコミュニケーション活性化」に負の影響を及ぼしていた点です。マイナスの影響が出る理由として1つ考えられるのは、中途入社者と職場の同僚双方の「遠慮意識のぶつかり合い」が起きてしまう場合です。中途入社者が研修で過度な期待やプレッシャーを受けることで配属後に同僚に気軽に相談しづらくなったり、逆に同僚は「研修で習ったはずなのであまり教える必要はない」と考えサポートへの関与が薄くなったりすることで、職場のコミュニケーションが阻害されてしまう可能性が考えられます。
大切なことは、「定着」や「パフォーマンス」にマイナスの影響を及ぼしているわけではないことです。導入研修は中途入社者にとって重要なものであることは間違いありません。こちらに書いたような研修にならないように、内容をデザインすること。加えて、現場と連携して、中途入社者の受け入れ体制を整えること。これらによって、導入研修は意義あるものになると考えられます。
④優先順位高く取り組むべき「オンボーディング施策」とは何か?
③の分析結果から、13施策のうち、優先的に取り組むべき「オンボーディング施策」は以下の4施策であると考えられます。もちろん、ただやみくもに行えばよいわけではありません。考慮点を頭に入れながら、実施をすることが大切です。
■メンターや相談役などの支援制度
誰をメンターや相談役にするかが重要です。メンターや相談役に求められることは「適応エージェントの役割」です。適応エージェントとは新しい環境への適応をサポートする重要な他者のことを言います。新入社員にはメンター制度などがありますが、中途入社者にも必要です。わからないことがあった時にすぐに聞けたり、適切なアドバイスができる存在は非常に心強いです。ある程度、会社に精通し、社内での人脈も持っている人材がこういった役割を担えるのではないでしょうか。基本的には直属の上司が担うことが現実的でしょう。
■上司など受け入れ側に対する教育
受け入れる側に伝えることとして、最も大切なことは「中途入社=即戦力」ではないということです。中途入社者が活躍するためには、クリアしなければならないことが実はたくさんあります(「よそ者」を『活かす組織』と『殺す組織』)。スキルや知識の習得や暗黙のルールの理解はもちろん、前職で培った経験の中で通用しない部分を意識的に忘れるアンラーニングなど中途入社者特有の課題があります。こういった部分を受け入れる側は認識した上で、中途入社者に対応することが必要です。
■人事と中途入社者の定期的な面談、上司と中途入社者の定期的な面談
この2施策は人事と上司での役割分担をすることが大切です。人事との面談においては、 現場の上司には言いづらいことを聞く場とすることが良いと考えられます。例えば、直属の上司との関係性など人間関係についてフォローすることが重要です。
上司との面談では、現場で起きている問題解決とメンタルサポートをする場とすることが大切です。聞いてよいのかわからず聞けなかったことや、業務上の課題を傾聴すること。これまで培ってきた強みが活かせた場面などを具体的に褒めること。前職との違いについてアドバイスをしてあげること。これらが重要ではないでしょうか。また、社内に早く馴染めるように社内のネットワーク作りの支援をしてあげることも効果的だと考えられます。
⑤「オンボーディング」を阻害する組織要因は何か?
②、③では、オンボーディングに力を入れることで中途入社者の定着率・パフォーマンスが高まることはもちろん、組織業績をはじめ、それ以外にも様々な成果が見込めることが分かりました。 オンボーディングは企業経営にとって取り組むべき重要施策であると言えます。
ただ、今回の調査によって「定着・パフォーマンスに課題がある」にも関わらず、オンボーディングに力を入れていない企業(下記の表で赤で囲った企業)が存在することが分かりました。そういった企業は何が「オンボーディング」を阻害しているのでしょうか。「オンボーディングに力を入れていない」+「定着・パフォーマンスに課題がある」企業91社に調査を行ないました。
※「オンボーディングに力を入れていない」+「定着・パフォーマンスに課題がある」企業91社。(29社はどちらにも当てはまる)
上記、91社に中途入社者のオンボーディングに力を入れていない理由について、複数回答可で調査を行なったところ、以下のような結果となりました。
最も多かった理由が 「何から取り組めばよいかわからないから」で48回答、次いで「予算や人員が足りないから」で44回答、3番目が「トップ(経営)がその重要性を理解していないから」で29回答、4番目が「現場の理解や協力が得られないから」で25回答となりました。
この結果からは、「優先順位をつけて成果に繋がりやすい施策から始めてみる」ことが大切であると考えられます。行なう施策を絞れば、予算や人員が少ない中でも実施できる。そこで成果が出れば、トップに認められやすくなり、予算や人員の増加や現場の理解や協力も得やすくなる。このような良い循環が生まれる可能性があるためです。④の分析結果を参考にしていただくのがよいと考えられます。
まとめ
昨今、企業における中途入社者の割合は増加しています。中途入社者をいかに組織に適応させ、定着・活躍させるのかは、企業にとって非常に重要な課題です。
しかし、オンボーディング(定着・戦力化のための入社後の取り組み)に力を入れている企業は41%。13のオンボーディング施策のうち、企業の導入率が50%を超えたのは「オンボーディングに力を入れている企業」で6施策、「オンボーディングに力を入れていない企業」で2施策。中途入社者への支援は希薄。この調査結果から中途入社者のオンボーディングにはまだまだ課題が多いことが分かります。
なぜ、オンボーディングの導入は進まないのでしょうか。中途入社者に対して課題があるにも関わらず、オンボーディング施策に力を入れていない企業に調査を行なったところ、その理由のトップは、予算や人員の不足を押さえて、「何から取り組めばよいかわからないから」でした。中途入社者の適応に関する知見がまだまだ少ないことも、この理由がトップになる原因と言えるでしょう。
この阻害要因には、「優先順位をつけて成果に繋がりやすい施策から始めてみる」ことが有効です。今回の調査では、「どのオンボーディング施策が優先的に行われるべきか」を明らかにしています。
「メンターや相談役などの支援制度」、「上司と中途入社者の定期的な面談」、「人事と中途入社者の定期的な面談」、「上司など受け入れ側に対する教育」の4施策です。どういった点を考慮して行えばよいのかも含めて確認いただき、是非実施していただきたいと思います。
今回のレポートが少しでも参考になりましたら幸いです。
執筆・編集:入社後活躍研究所 研究員 千葉純平