「社員の入社後活躍」にとって、重要な理論である、RJP理論「Realistic Job Preview(現実的な仕事情報の事前提供)」。
ごく簡単に言うと「その仕事や職場の良い部分も厳しい部分も、入社前にできる限り正確に応募者に伝える」採用のあり方だ。
伝統的な採用手法である「”求職者が良いイメージを抱く情報”を中心に発信し”多くの求職者”を惹きつけ、その中から”優秀な上澄みの人を選ぶ”手法」へのアンチテーゼとして、アメリカの産業心理学者ジョン・ワナウスが1975年に提唱した。
「理屈はわかるが、どう実践して良いのかわからない」という課題から、現場での実践が遅れていると言われるこの理論。
今回は、エン・ジャパンにおけるRJP(リアリスティックジョブプレビュー)の実践例を発表した、当社代表の鈴木による「HR EXPO2016 特別講演」をお届けしたい。
鈴木弊社で行っている「体感転職プログラム」は、簡単に言うと、「入社前職場体験」です。
最大2日間のプログラムを通じて、会社のこと、仕事のこと、社員のことをよく知ってもらう。良いことだけではなく、課題や悪いことも。良い面ばかり見せるのも、悪いことばかりを知らせるのも、目的ではありません。良し悪し両方をきちんと知ってもらって、ミスマッチを防ぐ。徹底的に「リアル」に知ってもらう事が目的です。この目的を前提にプログラムを作っていきました。実際の流れは、こんな形で進みます。
導入のタイミングは、面接のあとです。
そして1日、このプログラムに入ってもらいます。営業職の場合、当社は朝礼があります。そこに参加してもらいます。終わったら、会社の説明・仕事の説明。これも良いことばかりではなくて、課題についても含めて伝えます。
その後、新規開拓の電話営業です。皆様の中には「忙しいときに電話してくるなよ」と思われているかもしれませんが(会場笑)、実際にやっていただくわけです。
お昼はメンバーと一緒にランチ。午後は実際に商談にも行ってもらいます。帰ってきて、振り返りをする。企画職でもポイントは同じです。会社の説明・仕事の説明・社員とのふれあい、3要素を必ず含めることです。
プログラムを推進する上で大事なのは、関わる社員に「きちんとリアルに伝えること」を徹底してもらうことです。
「良いことを伝えて、入社促進するのが目的じゃないよ」と。相手が自社への入社を検討している求職者だとわかると、大体何も言わなくても自然に魅力付けに入っていってしまうのですよね。
特に営業職の場合は、性質上、ついつい魅力づけしてしまう(会場笑)。良いことばかり言い過ぎてしまう。でもそれではダメ。「自分が不満だと思っていることは、不満に思っていると言っていいから」ときちんと伝えておくことが大事です。
しかし、ここは本当に徹底して言わないと、結局良いことばかりを伝えてしまうことになる。結果、リアルな部分が伝わらないことになる。手間ばかり掛けて、リアルな部分が伝わらないと意味が無いので、その部分はきちんとやらなければなりません。
新規開拓のテレアポなんかは、会話が成立する前に切られてしまうケースも一杯ありますから、そういうことをわかってもらわないといけない。入ってきていきなりその壁にぶちあたって、「いや、やっぱり私はできません」だと、お互いにアンハッピーです。だからこそ、仕事の中で一番大変だと言われるようなこと、退職理由に多い事柄を、あえてプログラムに入れて設計すると良いかなと考えています。
実は導入前、中途入社してくれたメンバーの37%が1年以内にやめていたという事実があります。
皆さんおわかりだと思いますが、ものすごく高い数字です。正直にお話しすると、人材業の営業職というのは非常に厳しい世界なんです。「人と企業のマッチング」という夢を描いて入ってきてもらうものの、実際は企業開拓を一生懸命しないといけないし、競合他社もあるし、締め切りもあって、ハードワーク。それが実態です。
結局ここがどうしても上手く噛み合わず、37%がやめていた。しかし、体感転職プログラム導入後はどうか。プログラムを経験して入社した人に限って言えば、退職率は0%です。中途入社者全体に広げると、まだまだ0%とはいきませんし、課題もまだまだあります。ただこのプログラムを通じて入社した人というくくりで考えると、退職率はゼロになった。これはすばらしい成果だと思っています。
次からは、具体的な事例に基づいてお話します。
営業職志望のケースです。適性テストや面接のイメージから、すこし理想の高い人だということがわかっていました。
理想と現実のギャップに弱い。マジメな人な印象です。「自分はこうありたいのに、なかなか上手くいかない」といって、自分を自分で責めてつぶれていく。そういう傾向があるなという人。そういう人に、実際に先ほど申し上げた新規開拓のテレアポや、タフなシチュエーションの商談を体感してもらう。
「新規のアポイントをとることは本当に大変である」という事をきちんと体験いただいた。そういう場を踏まえて改めて「どうでしたか?」と聞きました。それでも「志望度は変わりません」と答えていただけた。
「それであれば」ということで、入社いただきました。
次の方は、経営企画の採用であった事例ですね。
本人は、「数字に強い」と認識があり、経営管理を希望していました。一方で、人事は、この人は管理よりアイデアをどんどん出すのが得意だなと感じていた。新規事業を生み出していくようなポジションが向いているのではないかと考えていた。双方の考えにギャップがあったわけです。
そこで、じゃあ実際に両方とも1日ずつ体験してもらいましょうということで、その人に体験して貰いました。すると本人も、「実際に実感値をもって面白そうと思えたのは新規事業のほうでした」という結果になったのです。実際すでに事業立ち上げに関わるポジションに入ってもらっていて、具体的なビジネスプランもほぼ出来上がりつつある状態。もう世の中に出す手前ぐらいまできています。
このプログラムで何をミッションとするのが良いのか。どんな動きをすることを会社が求めているのかを明確にしていただき、覚悟を持った意志決定をしていただくことができました。
最後の事例になります。弊社は若干体育会系的なノリなところがあります。しかし、この応募者はおっとりしたタイプでした。本当にフィットするのか、人事としては不安に思っていたわけです。そこでリアルな風土がわかるような体験をしてもらいました。結局この人は「残念ながら辞退します」となりました。
これも良いと思うのです。実際こういうケースって多々あります。「やっぱり無理です」と。でもこれは無駄な時間ではありません。これが入社後だったら、お互い、後戻りできないですよね。この段階でお互いのために「もうここから先は進めません」と。それもひとつの成果なのです。
このような形で、一人一人対応をしっかり行うことで、入社後に活躍される方を採用できたり、入社しない方がお互いによかった方を採用してしまう事を避けられています。
以上が「HR EXPO2016 特別講演」のダイジェストだ。
「体感転職プログラム」は手間がかかる仕組みである。プログラムの設計自体もそうだが、現場の協力を得ることや情報管理の整備などもそうだ。しかし、手間がかかる一方で、得られるものは大きい。入社者が活躍・定着するということは、企業にとっては採用・教育費のロスをなくす。
転職が一昔前に比べ一般的になったことによって、企業側の人材確保に対する危機意識は高まってきている。「こんなはずじゃなかった」と感じた人材はすぐに他企業に移ってしまうからだ。いいことばかり言って入社させても活躍・定着しなければ意味がないことに気付き始めているのだ。
そういった状況の中で、RJP理論に基づく採用に早期に取り組むことは企業の競争力強化につながる。試行錯誤から「我が社のRJP」を見つけられた企業が、採用におけるチャンスを掴むことができるのではないだろうか。