今、アメリカでは評価制度に変化の動きが起きている。そのトレンドは、ノーレイティング。「人事評価をしない?」「人事制度がいらないのか?」という驚きを感じさせるセンセーショナルな響きだ。2015年の時点で、フォーチュン500の約10%が導入したと言われるノーレイティング。一体どのようなものなのだろうか?「人事評価はもういらない(ファーストプレス)」の著者である松丘氏に話を伺った
松丘氏『 ノーレイティングとは、まったく評価をしないということではありません。 年度末に実施する、A,B,Cといった社員のランク付け(レイティング)と、年度単位での社員の評価を止めるという動きのことです。2012年頃からアメリカ企業において、年次評価を廃止する企業が増えています。ギャップ、アドビシステムズ、マイクロソフト、GE、アクセンチュアなど名だたる企業もすでに導入しており、今後も拡大していく傾向です。
日本企業と同じく、アメリカ企業においても年初に当年度の目標を設定し、中間段階で進捗状況のすり合わせを行ない、年度末に実績を踏まえてランク付け(レイティング) を実施して、本人にフィードバックを行なうというプロセスが一般的に行われてきていました。ノーレイティングは、このような従来の目標管理・評価のプロセス全体を変革する動きと捉えることができます。全体像としては以下の図のようになっています。』
松丘氏『レイティングの問題点を3点あげるとしたら、1点目は心理的安全が得られないことにあります。失敗をしたり、間違ったりすることで、評価が下げられると思うと萎縮をしてしまいます。当然、高いパフォーマンスは発揮できません。グーグルで成功しているチームの持つ特性を分析したところ、心理的安全が最も重要な要因であることが判明しています。
2点目に評価エラーの問題があります。会社の画一的な指標では多様な人材を正確に評価することは難しくなってきています。これからの時代は専門性の高い、尖った人材の必要性が高まっていますが、社内のモノサシで測ると、そういった人材がC評価などになってしまうということも頻繁に起こり得るのです。
3点目として、会社の大多数を占める中間層のモチベーションを下げるということがあります。多くの会社がそうだと思いますが、例えば、A~Eの5段階で評価をした場合、ほとんどがBやCに固まることになります。そして、BやCをつけられた人はモチベーションが上がることはほぼありません。であるならば、ランク付けなどをせずに皆にモチベーション高く働いてもらった方が得策だという考えです。
レイティングはしませんが、もちろん、結果に対するフィードバックは行ないます。むしろ、これまで以上にフィードバックや対話を増やし、人と組織のパフォーマンスを最大化することが、今回の評価制度の変革における本質です。
そもそもですが、この動きはビジネス環境の変化が背景にあります。端的に言うと、ビジネスを取り巻くスピードが加速しています。新サービスが受け入れてもらえるかは、実際市場に出してみないとわからない。最低限の機能を備えた段階で市場へ投入し、顧客の声を聞きながら変更を加えていくアジャイル(機敏)な仕事の進め方をしなければ競争に勝てなくなっています。
このような仕事の進め方になると、個人の目標設定やフィードバックもアジャイル(機敏)に実施されないと現場と整合性が取れなくなります。設定した目標が数週間や数日で変わらざるを得なくなることもあるからです。 個人の目標設定やフィードバックがアジャイルに行われるようになると、現場は活性化をし、業務変革を起こしやすくなります。結果としてパフォーマンスは上がります。
また、コラボレーションやヒトの強みを活かすことの重要さも最新の調査や研究から指摘されてきています。レイティングの問題点の中でも述べましたが、メンバーに最大のパフォーマンスを出してもらうには心理的安全や内発的なモチベーションが必要です。それを引き出すのが頻度の高いフィードバックや対話なのです。
この大きな変革の動きは以下の図のようにまとめられます。』
松丘氏『ランク付けをしないと、報酬や昇進が決められないのではという疑問は多いですが、心配はありません。
具体的に、どう報酬額を決めるのかと言えば、最も代表的なのが、マネージャーに原資を渡してマネージャーが決定する方法です。年次評価がなくても、業績に関するデータや日々の仕事に関する情報をマネージャーは当然把握しています。さらに、期中の頻繁な対話の中で、メンバーは自分の評価がどのくらいの位置にあるのかがすりあっています。そのため、報酬決定もレイティングがあった頃よりも納得感の高いものになっています。
また、昇進に関しては、年次評価がなくなったとしても何ら今までとは変わりはありません。ほとんどの企業において年次評価だけを見て昇進を決定していないからです。新たな役割を遂行するための能力やリーダーシップに関するアセスメントを実施して、総合的に昇進を判断しています。」
「マネージャーはそんなに頻度高く面談を出来るのか?という声も多く聞かれます。メンバーの能力開発もマネージャーの仕事だというマインドの変化が一番重要です。これまでは業績偏重、つまり短期的な財務の視点で、プロセス管理をするだけでした。そうではなく、メンバーと対話をし、キャリアを共に考えていくことがマネージャーの仕事となるべきです。まずはこの意識改革が必要でしょう。もちろん、経営者が陣頭指揮をとるべきです。
今まで評価期間にグンと上がっていた対話量を平準化することで、使う時間は変わらないという考え方もあります。加えて、 これまで、部下から提出されるたくさんの情報とアピールを収集し、たくさんの時間をかけて年次評価し、ランク付けをしていたことから開放されます。 その時間を対話に使っていくのです。』
岡田氏『ノーレイティングの本質は社員の可能性を最大限に引き出すことによって、人と組織のパフォーマンスを最大化すること。そのために、頻繁なフィードバックと対話を重視すべきという流れだと私は理解しています。
評価制度を変えずとも、こうしたエッセンスを取り入れることは可能です。そのためには、まず、評価制度の捉え方を変えることです。「評価のための評価」や「業績管理のためだけの評価」から、「社員の可能性を最大限に引き出すための日常的なツール」として捉え直すのです。
こうしたことは、優れた企業で実践されてきたことではないでしょうか。優秀な管理職は日常からメンバーとの関わり方の工夫をしていました。評価制度があるなしに関わらず、部下の可能性を広げるための日常的な対話を欠かさないはずです。』
岡田氏『評価制度を「社員の可能性を最大限に引き出すための日常的なツール」として捉えるとは、どういうことなのか。具体的にお話しします。こちらを実現するためには、3つの重要なキーワードがあると考えています。
まずは、日常化。半期ごとや1年ごとのタイミングだけ評価について話し合いをするのでは、意味がありません。これでは形骸化して当然です。日常的に業務上の成果だけでなく、伸ばしたい能力や開発したいスキルなどについて対話をしていくことが大切です。
次に納得性。完璧な公平性や完全な数値化はそもそも難しいです。であるならば、本人が納得をすることが評価制度においては最も大切です。納得をさせるには社員、個々人をどれだけ見ているかが大事です。会社としての目標を達成することや業績を向上させることは言うまでもなく大切です。しかし、それだけでなく、本人が今後どうしていきたいのか、中長期の方向性を一緒に考えながら、可能性を最大化させる対話を重視することが納得性につながります。
そして、評価と教育の連動。可能性を広げる上では、教育機会との連動が重要です。日常的な対話や定期的な評価から出てきた強みや弱みをそのままにしないということです。教育機会とつなげ、強みを伸ばしたり、弱みを克服したりすることが出来ると非常に良いと思います。
この3つが、入社後活躍につながる、これからの評価制度のエッセンスだと私たちは考えています。制度があるだけでは、役割を果たさないのが評価制度です。いかに運用にこだわることが出来るのかが、企業の業績に大きく関わってくるはずです。』
「評価は涙か、ため息か」。
『組織行動の考え方(金井壽宏、髙橋潔 著 東洋経済新報社)』という書籍の中で評価制度について、こう書かれていました。企業は社員の能力や業績などを出来る限り客観的に、公平に評価をしようとしてきました。しかし、企業の様々な努力にも関わらず、評価制度は公平性や透明性が保たれていないと感じられ、不満を持たれていることを表現しています。
人事評価を廃止するという、アメリカ企業の動きを初めて知った時にはこうした不満が取り除ける革新的な方法なのかと思ったことを覚えています。しかし、その後「評価やフィードバック」があるからこそ、人は成長できるのではないかということが頭に浮かびました。人事評価をなくすとは評価やフィードバックをもなくすことなのだろうか、と。
今回、ノーレイティングの動きを調べてみることで、私の問いは的はずれだったことがわかりました。年次評価の廃止はこれまで以上にフィードバックを多くし、働く人が学びや気付きをたくさん得られるための仕掛けだったのです。
同じく『組織行動の考え方』の中で、スーザン・J・アッシュフォード氏の「フィードバックは資源である」という見方が載っていました。フィードバックは石油や天然ガスのように上手に使えば価値を生む素になるという意味です。フィードバックを上手く使うためには、半年後や一年後にあの時はこうだったと言われるよりも、記憶が鮮明なタイムリーの方が良いでしょう。
また、より深い気付きや学びを得たければ、それを引き出してくれるマネージャーが必要です。私も社会人経験の中で、様々なフィードバックから学びや気付きを得ることができました。それが成長につながり、業績の向上にもつながっていったと実感ができています。
評価制度の理想は、その運用によって個人の成長と企業の業績向上がリンクしていくことだと思います。個人の成長と企業の業績向上が一体となれば、ずっと「活躍」し続けることができるでしょう。簡単なことではないが、追求していくべきテーマです。評価制度を「評価のための評価」と位置付けるのではなく、「人と組織が価値を共創する」ものと位置付けることが、これからの評価制度のあり方だと思いました。そうすれば「評価は涙か、ため息か」ではなく、ワクワクして取り組めるものになるのではないでしょうか。