入社者の「こんなはずじゃなかった」をなくす
企業がすべき2つの「リアリティ・ショック防止策」

―「入社後ギャップ」の定点観測データ過去6年分を分析―

2022/06/24 UPDATE
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 厚生労働省によると、2022年4月の正社員の有効求人倍率(季節調整値)は1.26倍となり、2020年の0.9倍を底に回復し続けています。同じく新規求人数も528,868件となり、2020年7月の417,355件を底に右肩上がりです。緊急事態宣言が繰り返された2020年からの着実な回復が見て取れます。しかし、企業の視点から言えば、このことは人材獲得競争の激化を意味します。

 このタイミングでこそ、気を付けたいことが 「採用時の情報提供の仕方」です。優秀な人材を獲得する。そのためには、競合と差別化した魅力付けが必要です。しかし、選考プロセスで求職者に過度な期待を抱かせることは、入社後のギャップにつながります。そのギャップは「リアリティ・ショック」を引き起こし、最悪のケースでは、退職へと至ります。せっかく入社してくれた優秀な人材が早期に辞めてしまう。企業にとってデメリットしかありません。

 では、企業は採用において、どのようなことに気を付ければ「リアリティ・ショック」を防ぐことができるのでしょうか。また、もし、採用者が入社後にギャップを抱えてしまった場合、企業にできることはあるのでしょうか。

 本研究では、当社が毎年実施している「入社後ギャップ調査」の過去6年分、約5000名の求職者データを用いて「リアリティ・ショック」を防ぐために企業がすべきことを実証的に導き出します。

 この研究が採用力の向上、入社後活躍を考える皆様のお役に少しでも立てれば幸いです。

本研究のサマリ

<リアリティ・ショックの定義と入社者に与える影響>

◆リアリティ・ショックの定義


人が新しい社会、新しい組織、新しい状況に直面した際に、その人がそれに対して事前に抱いていた期待と、彼(女)自身が実際に目にした現実との間のズレによって引き起こされる「衝撃」のこと。

◆「リアリティ・ショック」の影響


「転職満足度」を下げ、その低い転職満足度が「離職」を促進する

<企業がすべき2つの「リアリティ・ショック防止策」>

①リアリティ・ショック5因子に対する「採用情報の提供方法」の工夫


「職場の雰囲気、社員のクオリティ、仕事内容、会社の事前の評判、給与・年収」に期待と現実のネガティブなズレが生じるとリアリティ・ショックが起こりやすい

・上記五つの因子に対するギャップを生じさせないような情報提供の工夫が必要。

②オンボーディング施策の整備


・入社後の「同僚のサポート」と「上司の学習や成長を促すフィードバック」があるとリアティ・ショックは緩和される

・上記2つの取り組みを意識したオンボーディング施策の実施が必要。


■調査方法:webを使用したアンケート
■調査対象:調査日から2年以内に正社員として転職した方
■調査期間:2017年2月、2018年2月、2019年2月、2020年2月、2021年2月、2022年2月
■有効回答数(全体):4,957
■有効回答数(各年)と回答者の属性

調査の詳細

■入社者の活躍を妨げる「リアリティ・ショック」とは何か?



 「リアリティ・ショック」とは、「人が新しい社会、新しい組織、新しい状況に直面した際に、その人がそれに対して事前に抱いていた期待と、彼(女)自身が実際に目にした現実との間のズレによって引き起こされる「衝撃」のこと(https://corp.en-japan.com/success/3493.html)」を言います。

 「こんなはずじゃなかった」。入社者の失望感は、この「リアリティ・ショック」が原因であることが大半です。採用とは「経営戦略を実現するための人的資本を獲得する第一歩目(服部・矢寺2018)」です。企業は候補者に自社を選んでもらえるよう様々な魅力付けを行ないます。一方、転職は個人のキャリアにとって重要な「転機」です。希望する企業に入社できるよう、自分を良く見せようとします。そのため、お互いの期待はインフレーションぎみとなります。この構造的な問題から「リアリティ・ショック」は、ほとんどの転職者・求人企業が直面する課題なのです。

 では、実際に「リアリティ・ショック」を受けている転職者はどのくらいいるのでしょうか?2017~2022年の「入社後ギャップ調査」のデータを紹介します。

※本研究では、「転職後に入社した企業は、当初の期待と比べて実際に入社して総合的にどのように感じましたか?」という質問に対して「期待を大きく下回る」「期待をやや下回る」と回答した人に「リアリティ・ショック」が起きていると考え、分析を進めていきます。




 2017~2022年のデータをみると、毎年20~25%(平均24.5%)の人が「リアリティ・ショック」を受けていることがわかります。苦労して採用した入社者にも関わらず、4人に1人の割合というのは企業側からすると放っておけない数字でしょう。

■「リアリティ・ショック」が「離職」に繋がるメカニズム

 では、実際に「リアリティ・ショック」は入社者にどのような影響を与えているのでしょうか。データを分析すると以下のようなことが分かりました。



 「リアリティ・ショック」は転職満足度に大きなマイナスの影響を与えていることが確認できました。つまり、「リアリティ・ショック」が大きいほど、転職満足度は低くなります。転職満足度が低いとは、端的に言えば、その転職を後悔している状態です。

 このような「転職不満足」の状態はどういった結末を迎えるのでしょうか。



 分析結果からは、「転職不満足度」が「継続意思」に大きなマイナスの影響を与えることが分かりました。二つの分析結果を統合して考えると、「リアリティ・ショック」は「転職満足度」を下げ、その低い転職満足度が「離職」を促進するというメカニズムが分かります。

■82%が不満を抱え、52%が退職を考えている

 では、具体的には「リアリティ・ショック」を受けた人はどのくらいの割合で転職に不満を抱え、そして退職を考えているのでしょうか?リアリティ・ショックを抱えている方に調査をしました。



 まず、「リアリティ・ショック」を受けた方の82%が転職に満足できていないことが分かりました。この不満足の状態は入社者のモチベーションやパフォーマンスを下げ、そして退職へと繋がっていきます。



 次に、「リアリティ・ショック」を受けた方の30%が1年以内に、52%が3年以内に退職を考えていることが分かりました。採用した人材が早期離職してしまう。このようなことが起これば、採用にかけた様々なコストが水の泡となってしまいます。企業としては、何とか「リアリティ・ショック」を防ぐことが重要な課題となってきます。

■何が「リアリティ・ショック」を引き起こすのか?

 では、入社者は、具体的にどのような情報にネガティブなギャップを感じているのでしょうか。



 入社者の中でネガティブなギャップが起こっている割合を年度ごとにグラフにまとめたものが上記の図です。「給与・年収」、「昇給・賞与(ボーナス)」「企業の将来性」「社員のクオリティ」にネガティブなギャップが起こりやすいことが分かります。

 しかし、ネガティブなギャップが起こりやすいからといって、それが「リアリティ・ショック」に繋がっているとは限りません。どの情報に対するネガティブなギャップが「リアリティ・ショック」を引き起す要因となるのでしょうか?データから紐解きます。



 上記のモデルに基づいて分析をしたところ、以下のような結果が得られました。



 「職場の雰囲気、社員のクオリティ、仕事内容、会社の評判、給与・年収」にネガティブなギャップがあると、「リアリティ・ショック」に繋がりやすいということが分かりました。

 この5つの項目は、入社者に「失望感」を抱かせる度合いが他のネガティブギャップより高い、ということが言えます。この違いは何なのでしょうか?

 まず、一つ目に挙げられるのは、「自己完結性」の違いです。これは、自分の主体的な働きかけによって解決の可能性があるかどうか、ということです。「職場の雰囲気」、「社員のクオリティ」、「会社の評判」は自分の力や努力で変えていくことは簡単ではありません。一方、例えば、「能力・スキルの活かしやすさ」に対するネガティブなギャップは、自分の努力で解決できる可能性があります。新しい職場で自分のスキルが活かせないと分かったとしても、本人次第の努力次第で、新しい能力・スキルを身に付けることはできるからです。

 次に挙げられるのは、「正当化可能性」があるかどうか。これは個人にとって納得可能な性質のギャップかどうか、ということです。「給与・年収」のズレは生活に大きく関わるため、納得することが難しいと言えるでしょう。一方、「残業」「働き方」「昇給・賞与」などは世の中や会社の状況の急激な変化などの際には、納得することができる場合もありえます。

 最後は、「キャリア展望にプラスの影響を与える」かどうかです。その感受したネガティブなギャップが個人の将来にとって何らかの意味があるものとして捉えられるかどうか、ということです。「仕事内容」のズレは、入社後にやりたかった仕事ができないことを意味します。こうなると、キャリアの展望は遮断されます。一方、例えば「仕事がハード過ぎないこと」に対するネガティブなギャップは、思っていたよりも仕事がハードであることを意味していますが、自分の将来のキャリアに繋がっていると考えることができる範囲であれば、それは良い経験と捉えられるのです。

 以上のことからも、企業は、上記5つの因子に対する「採用情報の提供の仕方」に気を配ることが重要だと判ります。

■「採用情報の提供の仕方」で気を付けること



 では、具体的には、どのような姿勢・取り組みが有効なのでしょうか。

 まずは、正直でリアルな情報提供をするというスタンスが大切です。採用が目的化してしまうと、求職者に対して過度なアピールをしがちですが、あくまでも目的は「入社後活躍」です。このスタンスをブラさないことが最も重要です。

 その上で、「職場の雰囲気、社員のクオリティ、仕事内容」については現場社員を巻き込んだ採用活動が効果的でしょう。求職者が選考中に会う社員はかなり限られます。会った社員の雰囲気がそのまま、その会社のイメージとなります。ですが、配属先はまったく雰囲気の違う人たちのケースもあり得ます。採用を全社の課題として取り組み、事業部を巻き込んだ採用活動を展開する。そして現場のリアルをできる限り伝える。このことが非常に重要です。

 また、コロナの影響で採用活動のオンライン化が急速に進んでいます。このことは、リアルな雰囲気を伝えることの難易度を高めています。有効なアプローチとしては、言語化や映像化して情報を伝えることです。例えば、採用サイトを構築したり、WEBの社内報を外部にも見せられる形で展開したり、動画コンテンツを作成することなどが考えられます。

 「会社の評判」については、クチコミサイトを定期的にチェックし、自社についてどのようなことが書かれているのかを理解することが重要です。求職者が自社にどのようなイメージを持ちそうなのかを客観的に見極め、悪い意味で期待が高まってしまいそうなことは先に手を打っておくことが重要です。もちろん、ネガティブなコメントについてもチェックしましょう。そのネガティブコメントについて、すでに改善されているのであれば、その事実を伝えること。自社に正当性があるのであれば、それを伝えること。また、実際に課題なのであれば、素直に認め、どう改善していくのかを伝える。そうすることで、誠実な会社だと魅力付けにもなります。

 最後に「給与・年収」です。採用時に労働条件を明示し、納得してもらっているからこそ入社していると思いがちですが、毎年の調査で必ずネガティブなギャップが多くなる項目です。求人広告や求人票に載っている給与例や年収例のイメージのまま入社してしまうことで、このギャップが生まれているケースもあります。ここでのギャップは取返しのつかない事態になりがちです。再度の確認をしていくことが重要でしょう。

■採用時に発生したズレは入社後に挽回可能か?

 「リアリティ・ショック」を防ぐ採用時の情報提供の仕方について述べてきましたが、完璧な策は残念ながらありません。入社後にギャップが生じてしまうことは現実的に起こりえます。その時、「リアリティ・ショック」を軽減するために企業が出来ることはあるのでしょうか。

 本研究では、「リアリティ・ショック」を軽減するための入社後施策として「オンボーディング」に注目をしました。「オンボーディング」とは、採用した社員の「受け入れ~定着・戦力化」を早期に行なうための施策群のこと(https://corp.en-japan.com/success/24704.html)です。2020年に入社後活躍研究所が尾形教授との共同研究した結果によると「メンターや相談役による支援」や「上司からの支援」が「定着やパフォーマンス」につながることが分かっています。

 オンボーディング施策はI-W-G(Infomation-Welcome-Guide)というフレームワークで表すことができます(Klein and Heuser 2008)。本研究は、そのフレームワークに倣って、分析に利用するオンボーディング施策の項目を作成しています。
以下が分析モデルです。



上記のモデルに基づいて分析をしたところ、以下のような結果が得られました。



 分析結果は、既述の5因子があったとしても、「同僚のサポート」と「上司の学習や成長を促すフィードバック」があることで、「リアティ・ショック」が緩和されることを示しています。この結果に対する解釈は次のように考えられます。

 まず、オンボーディング施策を会社として整備することの重要性です。オンボーディングは比較的、新しい概念でまだ意識的に取り組めている企業が少ないことが分かっています(入社後活躍研究所2020)。中途採用を行なう企業であれば、早急に整えることが不可欠です。採用情報の提供方法とともに、早く手を打っていくべきでしょう。

 次に、具体的なオンボーディング施策の中身についてですが、 「Welcome」の施策よりも、「Information」と「Guide」が重要であることが示唆されます。歓迎することは大切なのですが、より実践的に必要な情報を与えてあげることや、適切なフィードバック、アドバイスをしてあげることの方が「リアリティ・ショック」の緩和には効果的だと言えます。

 最後は、とはいえ、採用時にギャップを生まない工夫を忘れてはいけない、ということです。分析結果を見ると、「オンボーディング施策」の効果よりも「リアリティ・ショック」を生み出す5因子の効果の方が高いことが分かります。あくまでも「オンボーディング施策」による「リアリティ・ショック」の緩和は対症療法であるという意識が求められるでしょう。

■まとめ
採用を戦略的に考えることが「リアリティ・ショック」を防ぐ

 本研究では、「リアリティ・ショック」を防ぐために企業は以下の2つのことをすべきであると述べてきました。①5つの因子(「職場の雰囲気、社員のクオリティ、仕事内容、会社の評判、給与・年収」)に対しての「情報提供の仕方」を工夫すること。②中途入社者が「同僚からのサポート」と「上司からの成長を促すフィードバック」を貰えるように、オンボーディング施策を設計しておくこと。これらに、取り組んでいただくことで、採用難易度が高まるタイミングにおいても優秀な人材の活躍・定着を実現することができるはずです。

「リアリティ・ショック」による入社者へのマイナス影響は、全ての求人企業に起こりうる共通の問題です。しかし、そこに対する問題意識は大きくなく、「リアリティ・ショック」は起き続けています。採用の現場では、どうしても「入社」がゴールとなりがちだからです。この問題を解決するには、「戦略的採用」という考え方が求められます

「戦略的採用」とは「組織の目標を達成するように採用活動を構築すること」で、組織目標と採用の整合性はもちろん、採用以外の人材マネジメントと採用の整合性もあることが条件とされています(Ployhart and Kim2013、Phillips and Gully 2015)。組織目標と採用の整合性とは、端的に言えば「入社後活躍」です。採用のゴールを「入社」とするのではなく、入社後に組織になじみ、能力発揮し、パフォーマンスを上げ続けてもらうこそゴールであると考える。このスタンスが組織目標と採用をつなぎます。そして、採用以外の人材マネジメントと採用の整合性とは、端的に言えば、採用と評価・教育の連動です。本研究のテーマに即して言えば、採用担当とオンボーディング担当(教育担当)が有機的に連携し、「リアリティ・ショック」を採用側と教育側の両方から考える。このスタンスが採用と他の人材マネジメントをつないでいきます

 このように、募集・選考プロセスの精緻化をするだけの「閉じた採用」ではなく、経営戦略や組織目標から採用を考え、人材マネジメント全体と整合性をとっていく「開いた採用」が「リアリティ・ショック」を防ぐことにも繋がっていくと考えられます。

 今回の研究が、入社者の「こんなはずじゃなかった」をなくすことに少しでも役に立てれば幸いです。


参考文献

エン・ジャパン 入社後活躍研究所(2017) リアリティショックを防ぐ!ありのまま採用ーRJP理論ーを「採用学」の服部准教授に聞く
エン・ジャパン 入社後活躍研究所(2020)『中途入社者のオンボーディング』と『入社後活躍』 に関する調査・分析 ~甲南⼤学 尾形教授との共同研究~
服部泰宏・矢寺顕行(2018)『日本企業の採用革新』中央経済社.
尾形真実哉(2020)若年就業者の組織適応 白桃書房
Klein, H. J. & Heuser, A. E.(2008) . The learning of socialization content: A framework for researching orientating practices. Research in Personnel and Human Resources Management, 27, 279-336
Klein, H, J & B. Polin (2012) . Are organizations on board with best practices onboarding? in Wanberg, C. R (ed.) The Oxford handbook of organizational ocialization. Oxford University Press. 267-287.
Ployhart, R. E, & Kim, Y. (2013) . Strategic Recruiting. in Yu, K. Y. T and Cable, D. M (eds.), The Oxford handbook of recruitment. Oxford University Press. 5-20.
Phillips, J. M. & Gully, S. M.(2015). Multilevel and Strategic Recruiting : Where Have We Been, Where Can We Go From Here? Journal of Management. 41(5)1416-1445.


執筆・編集:入社後活躍研究所 研究員 千葉純平

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