中途入社者に活躍してもらう秘訣とは?
中原教授に聞いた『中途入社者の早期戦力化』

2017/04/26 UPDATE
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費用と手間をかけて、やっと採用できた中途入社者。能力もこれまでの実績も申し分がない。難しい市況の中でも、妥協をせず採用できたと言える人材だ。「早々に活躍をしてくれるはず」。期待を込めて現場に送り出した。

しかし、半年後。現場に様子を聞いてみると、どうやら期待ほどの成果を出せていないようだ。採用時には、即戦力に間違いないと思ったのに…その原因は、「中途入社者の組織適応のむずかしさ」にある。

「どんなにスキルがある人であっても、新しい職場に馴染むことは簡単ではありません。早期戦力化して、期待通りの活躍をしてもらうためには、企業の側が中途入社者の特性をきちんと理解し、適切なサポートをしなければなりません」。人材開発の専門家であり、中途入社者が新組織へ適応していく過程を研究する第一人者、中原准教授はそう語る。

中途入社者が職場に馴染み、入社後活躍するまでにはどんな課題があるのか。そして、企業はその課題を取り除くために何が出来るのか。中原准教授に詳しく話しを伺った。

PROFILE
中原 淳氏
立教大学 経営学部 教授
1975年、 北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等を経て、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材育成・リーダーシップ開発について研究している。専門は経営学習論・人的資源開発論。著書に『職場学習論』『経営学習論』(ともに東京大学出版会)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書 ラクレ)、『会社の中はジレンマだらけ』( 本間浩輔氏との共著、光文社新書)『フィードバック入門 (PHPビジネス新書)』など 多数。
早期戦力化のために、理解しておくべき中途入社者の特性
中途入社者は「逆境」に立たされている

― 中途入社者が置かれる環境とは、どのようなものでしょうか?

中原氏『中途入社者は「周りに頼れないし、周りからかまってもらえない」という環境に置かれます。それは「逆境」とも言えるでしょう。人によって程度の差はありますが、中途入社者には「即戦力」というラベルが貼られています。そのため、「あの人中途だからお手並み拝見だね」となりやすいのです。中途入社者本人もこれをヒシヒシと感じるので、業務の中で理解出来ないことがあっても、なかなか他の職場メンバーに聞くことができません。これが「周りに頼れない」ということです。

さらに、周囲の人々も中途入社者には助言がしにくいのです。助言をしようと思っても、その助言がすでに中途入社者が「知っていること」であったら気分を害するかもしれない。こんな心理が生まれているのです。これが、「周りからかまってもらえない」環境につながります。

つまり、中途入社者は「高いプレッシャーを感じていて、かつ、周囲からのサポートも少ない」という環境に置かれています。何も手を打たなければ、活躍することは容易ではありません。企業はこのことを理解して、適切なサポートをする必要があります。』

― ありがとうございます。中途入社者がどのような環境に置かれているのか、よく理解できました。早期に活躍してもらうためには、入社後の適切なサポートが必要不可欠ですね。

中途入社者が「成果」の前にすべきことは「職場適応」

― エン・ジャパンでは中途入社者が活躍するまでの過程を、次のように表現をし、それに沿ってサポートをしています。How to live(職場に適応する)⇒How to learn(知識・スキルを学ぶ)⇒How to work(仕事で成果を出す)⇒How to influence(組織や他者に影響を与える)です。入社後活躍のためには、まず組織に馴染ませることが大事だ、という考え方なのですが、いかがでしょうか?

中原氏『まさに、おっしゃる通りだと思いますね。まず職場適応をして(How to live)、その次に知識・スキルを学ぶ(How to learn)。その後、仕事で成果を出して(How to work)、他者に対して影響を与えていく(How to influence)。中途入社者が入社後活躍するためのプロセスとして適切だと思います。先程述べましたが、中途入社者は「即戦力」というプレッシャーを受けています。そのため、「How to influence(いかに他者や組織に影響を与えるか)」を焦ってしまうのです。

しかし、「How to live(いかに生きていくか)」が抜けてしまうと、結局、成果を出すために必要な知識を周りから得ることが出来なかったりして、明後日の方向への努力になってしまうんですよね。もちろん、成果に対して高く要望をすることは大事です。しかし、まずは新しい職場にいかに適応させるか。ここが一番大事です。』

「オンボーディング」とは?
「歓迎ランチを用意」これ1つで違います

― ありがとうございます。企業は中途入社者の特性を理解して、対策を立てる必要がありそうですね。こういったことに対する、近年の企業側の取り組みについて教えてください。

中原氏『近年、中途入社者の早期戦力化を重要な経営課題と捉えている企業では「オンボーディング(On boarding)」という受け入れのためのガイドラインがまとめられています。

例えば、次のようなことです。出社初日にメールアドレスのアカウントをきちんと用意している。必要な情報に迷わずアクセスできるようにしている。昼食時には先輩社員からの歓迎ランチを用意している。仕事を覚えるまでのOJTや研修を準備している。問題を抱えた時に、一元的に対応出来る人を割り当てている。このように、その人が組織に馴染んで、必要な知識を獲得できるように、やらなくてはいけないことが体系化されている、ということです。オンボーディング施策が発達している企業ほど、中途入社者の早期戦力化が実現しやすいと言えるでしょう。

よりイメージしてもらうために、オンボーディング施策の例を以下に載せます。

オンボーディングのガイドライン(Klein&Polin 2012をもとに中原氏が翻訳)

上記はあくまでも一例です。何が実施され、何が実施されないかは、雇用慣行や文化的背景、組織ごとの人事施策の方針や発展の程度、現場マネージャーの理解や考え方などに深く結びついています。企業ごとに考えていくべきでしょう。』

戦略的にオンボーディング施策を整える

― オンボーディングという概念が近年、発達してきた背景を教えてください。

中原氏『「雇用の流動化」が進んできたことが背景です。日本においても、外部環境の激変によって個人がひとつの組織だけでキャリア形成を行なう前提は崩れ始めています。今後も産業構造がますます急速に高齢化・IT化・AI化することを考えると、その割合は増えていくはずです。

また、有効求人倍率が高く、いわゆる売り手市場です。企業は簡単に人を採用することが出来ません。たくさんのコストをかけて採用した人材が職場に馴染めず、活躍出来なかった、という事態はダメージが大きいです。中途入社者の早期戦力化という課題は、今後ますます大きな経営課題になっていくでしょう。

しかし、早期戦力化の戦術が確立できている企業は少ないように思います。いかに、中途入社者を自社に馴染ませ、職務遂行に必要な知識・スキルを獲得させるのか。この戦術を整えていかないと、企業は今後、市場の中で勝てなくなるのではないかと思います。』

中小・ベンチャー企業こそ、オンボーディング

― 中小・ベンチャー企業での現状はいかがでしょうか?

中原氏『多くの中小・ベンチャー企業で、オンボーディング施策が充実しているという話はあまり聞かないです。危険だと思います。中小・ベンチャー企業は人数が少ない分、組織風土が独特であることが多いため、組織への適応は意外と難しいからです。中途入社者が定期的に入社するのであれば、 オンボーディング施策を整えることは合理的だと思います。ひとりの採用に非常にコストがかかる時代です。採用とオンボーディング施策をセットで考え、活躍しなかったり、早期退職してしまうリスクを出来る限り小さくするべきです。

オンボーディング施策をまとめることは、手間がかかると思われがちです。しかし、一日あれば出来るのではないでしょうか。もちろん、定期的な見直しや更新は必要ですが。幹部や関係者が集まれば、たくさんのアイデアが出て来ると思います。それをまとめて、ドキュメントにする。一日頑張れば、きっと出来るはずです。まだ、整っていないのであれば、上記に載せた「オンボーディングのガイドライン」などを参考に、まとめてみることをオススメいたします。』

早期戦力化のために「上司」がすべきこと
業務遂行のために必要な、知識・ノウハウ・人脈の共有を

― ありがとうございます。企業としてオンボーディング施策を整えることの重要性が理解できました。中途入社者を早期に戦力化するためには、様々な人が様々なことに取り組む必要があるのですね。人事だけが行なうのではなく、会社全体を巻き込んだ動きにしなければいけませんね。そのオンボーディング施策の中でも特に、気をつけて行なうべきことはあるでしょうか?

中原氏『特に注意をしてサポートすべきことは二つあります。中途入社者には、二つの大きな課題があるからです。この課題を解決しなければ活躍することは難しいでしょう。一つ目の課題は、職場に馴染めなくて、組織的かつ政治的な知識が手に入れられないこと。 二つ目の課題は、過去の会社で培った信念、仕事の仕方を棄却できないことです。そして、これらの課題のサポートは「上司」の役割です。

まず、一つ目の「職場に馴染めなくて、組織的かつ政治的な知識が手に入れられない」についてですが、わかりにくいかと思いますので、具体的な場面をお伝えします。

「中途入社をして、様々な起案をしてもなぜか通らない。稟議規定通り出しているし、案自体は的を射ているはずなのに。悩んだあげく、周りの人に相談してみると、その件だったら、●●さんに相談しないと通らないよ、と教えてもらった。その企業特有の決済ルートが存在していることを、その時に初めて知った…」。このようなことが一つ目の課題です。』

― なるほど。このような課題は中途入社の方には解決しづらいですね。上司はこの課題に対してどのような役割をとればいいのでしょうか?

中原氏『この一つ目の課題に関しては、上司が情報を獲得できる環境を整えてあげることが必要です。前述したように、中途入社者は周りからのサポートは得られにくい環境にいるからです。周りから色々と言ってもらいづらいのです。

例えば、あえてオフィシャルなかたちで職場における情報交換の機会を増やすことなどは効果的だと思います。日々の業務における進捗報告会、会議のなかで意図的にそういった情報を交換する機会を設けるということです。こういったことを上司が実現していけるかどうかが、中途採用者の入社後活躍を左右する大きな要因になると思います。』

すでに獲得している知識・信念の一部を学習棄却させる

― 二つ目の課題「過去の会社で培った信念、仕事の仕方を棄却できない」。この課題はどのように解決していけばよいでしょうか。

中原氏『過去の会社で培った信念、仕事の仕方を棄却することを「学習棄却(unlearn)」と言います。中途入社者はかつて自分が勤務していた組織で獲得した業務のやり方、知識、技能、信念のうち、現在の組織で通用しないものを捨てる必要があるのです。以前の企業で身につけた知識や技能は思っている以上に通用しないことが多いからです。

上司は今の職場では通用しない知識・スキル・信念を率直にフィードバックしなければなりません。そして、伝えるだけでなく、内省を促し、今後の行動計画を一緒に立てる支援をすることが必要です。』

― なるほど。ありがとうございます。フィードバックを通じて、学習棄却させていくということですね。フィードバックをする際のポイントはありますか?

中原氏鏡になってあげることです。本人はなかなか自分の行動や、その行動によって何が起こっているのかに気付くことができないからです。世の中ではポジティブフィードバックがよいと言われたり、ネガティブフィードバックがよいと言われたりしますが、私はそのどちらでもなく、鏡に徹することが大事だと考えています。

そのためには、まずSBI情報の収集が必要です。SBIとは、シチュエーション(Situation)、ビヘイビア(Behavior)、インパクト(Impact)の頭文字をとったものです。シチュエーション(どのような状況で、どんな状況のときに)、ビヘイビア(部下のどんな振る舞い・行動が)、インパクト(周囲やその仕事に対して、どんな影響をもたらしたのか。何がダメだったのか)この三点を具体的に伝えることで、初めて、相手はあなたの言いたいことを理解してくれます。

SBI情報を収集したら、その中の問題行動を、いわば「鏡」のように相手の目の前に映しだし、客観的かつ正確に事実を通知していきます。このとき、鏡のように客観的に話すコツは、「私には、先日のあなたの行動は、こういうふうに見えるけど、どう思う?」というように、「~のように見える」と話すことです。すると、相手も、自分の言い分を主張する余地があるので追い詰められることがなく、あなたの指摘を素直に受け止めてくれる可能性が高まります。

言ったからといって相手がそれで行動を変えてくれるわけではありません。腹に落としてもらうために、そのことについての対話の時間が不可欠です。そして、腹に落ちたら、今度はどう行動を変えていくのか。立て直しの行動計画に付き合ってあげることも大事です。「言う、腹に落とす、立て直しに付き合う」という三つのフェーズがフィードバックには必要なのです。これを意識して行なうと、効果的なフィードバックになると思います。

― フィードバックのポイントがよく理解できました。非常に重要な示唆をありがとうございました。

編集後記:中途入社者は自らの力だけでは立ち上がれない

中途入社者の早期戦力化についてお話を伺わせていただきました。

中途入社者は即戦力と見られがちです。少なくとも新卒よりは教育コストがかからないと思われています。しかし、中途入社者であっても、一人の力で立ち上がることは容易ではないことが、今回の特集でわかりました。

中途入社者に期待通りの活躍をしてもらうためには、中途入社者が置かれている環境や心理状態を理解し、適切なサポートをしなければなりません。多くの企業ではこのことを理解せずに、中途入社者に対して場当たり的な対応を繰り返しているのではないでしょうか。

中原准教授が指摘する通り、これからは中途入社者をうまく受け入れ、早期に戦力化していく企業が勝っていく時代になるはずです。もし、戦略的に取り組めていないのであれば、今回の特集を参考にしていただければ幸いです。オンボーディング施策の構築。中途入社者の最初の上司を誰にするのかの再考。これらを行なうだけでも、中途入社者の活躍度合いは格段に変わってくるのではないでしょうか。

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